社会の舞台裏2/3

•外からシンプルに社会を見る
•社会は欲求の交換システム
•社会のルールから生き方を読む

社会は欲求の交換システム

欲求がなければ始まらない

私たちが動物と同じ欲求を持ち、それをかなえようとする存在であることは、社会を理解するための基本のきです。全ての人の活動は欲求から発しているのですから。
食欲、睡眠欲、性欲、好奇心など、ほかの動物と共通する本能的な欲求。さらに、それらの欲求を社会のなかで間接的に満たすための金銭欲、名誉欲、権力欲、自己実現欲といった社会的な欲求。
それら全ての欲求を、私たちは社会のなかでほかの人と関係しながら、コミュニケーションによってかなえようとします。

コミュニケーションイメージ2自我のエネルギーは欲求
コミュニケーションイメージ2自我のエネルギーは欲求

欲求こそは行動のエネルギー。本能的な欲求と社会的な欲求が一人ひとりの人生を歩ませ、それが大きなうねりとなって社会を動かすエネルギーとなっています。

欲求の歯車が社会を動かす

欲求と社会の関係をシンプルにイメージする1つの方法は、一人ひとりを歯車にたとえてみることかもしれません。

欲求の歯車で社会をイメージ
欲求の歯車で社会をイメージ

一人の歯車を動かす力は、その人の欲求。欲求をかなえるために、一人の歯車はほかの人とのつながりをもとめます。
一人の歯車がうまくかみ合う歯車をもとめて出会いをくり返すうちに、いくつもの歯車がつながってネットワークとなる、ネットワーク同士がかみあってさらに大きなネットワークの一部になる、そうしたネットワークが集まって“社会”全体が動いている、というイメージ。
もっとも、人は変化するので形を変えられる歯車、あまり歯車の形を固定してイメージしてもよくないでしょう。
私たちはコミュニケーションを通じて多くの人とつながり、欲求をかなえようとします。そうした一人ひとりの欲求実現の行動が歯車のように連動して社会全体が動いています。
欲求というエネルギーに焦点を当てれば、複雑に見える社会の動きも、すっきり見える部分が多くあります。

ベクトル化すれば正体が見える

社会のしくみを理解するには、いくつもの角度から社会をイメージして、その働きや傾向や原理を総合していくことがポイント。
総合することによって、「外から社会を見る」で述べた社会の概念がたしかな中身になるからです。
たとえば、欲求を“ベクトル”として見るのも1つの角度。歯車のたとえとは、またちがった社会のありさまが見えてきます。

from金沢工業大学「KIT Mathematics Navigation」
from金沢工業大学「KIT Mathematics Navigation」

Aという人の政治的な欲求、この場合“傾向”という言葉のほうがわかりやすいでしょうか。Aの政治的傾向をベクトル a 、Bという人の傾向をベクトル b とすれば、a+b=c という二人を総合したベクトル c は二人1組の政治的傾向を反映しています。
同様にして、一人ひとりのベクトルを総合してできる社会全員のベクトルは、いわば“社会ベクトル”です。
社会ベクトルには、社会全体の傾向が反映されます。
たとえば、主要政党を評価して10点満点で点数をつけてもらうアンケートをしたとします。自民党X点、公明党Y点、民進党Z点・・・と。
この点数を成分(X,Y,Z・・・)としたベクトルを考えます。ベクトルの成分は何次元あってもかまいません。
そうしてできる回答者一人ひとりのベクトルを総合してできるベクトルは、アンケートに回答した集団全体の政治的傾向を表しています。

ベクトル分析のメソッド

政治的傾向だけではありません。
さまざまな欲求、関心事、テーマごとにベクトルを考えることができます。
ある人のいくつもの性格的傾向に点数をつけ、それを成分にしたベクトルを考えれば、その人の“性格ベクトル”です。それを総合した日本版社会ベクトルは、日本人の国民性に通じるでしょう。
また、洋服の好みにたいする傾向とか、料理にたいする傾向とか、アンケートで質問できるようなことは全て回答を点数化し、各質問項目の点数を成分としてベクトル化できます。
そうしたベクトルをある集団全員について総合すれば、その集団の傾向をつかめることは政治的傾向で述べたとおりです。アンケート調査では、実際にそうしたやり方で分析をおこなっています。
欲求や傾向をベクトルとしてとらえることの優れた点は、さまざまな社会現象の総合と分析を客観的にたやすくできること。
たとえば、“ポケモンGO”に熱中しているAグループとまったく興味を示さないBグループがある場合、両グループの性格ベクトルの成分を比較すれば、どのような性格の人がポケモンGOにはまりやすいかの分析ができます。
欲求=ベクトルの見方は、社会全体の動きから、企業や個人の動きまで、何の指針もなく漫然とながめるのとちがい、起こっている現象を総合したり分析したりすることで、クリアに理解するのに役立ちます。
現実の生活では個人がアンケート調査するなどありえませんが、ベクトルで人や社会を見ることは、社会のしくみを理解しやすくします。

経済の実体は欲求の交換

経済活動には、人々の欲求がストレートに表われています。
商品やサービスの売買、仕事の受発注、いずれもその本質は、ほかの人の欲求をかなえることで対価(お金)を得て、その対価を自分の欲求をかなえるために消費することにあります。
ベクトルでたとえれば、お気に入りの服や話題のサプリメントなどをもとめる消費者の欲求はいわば特定商品へ向けられた購買ベクトル、そのベクトルは特定商品を購入して満たされます。店員のほうは、給料をもらってそのお金でいろいろなベクトルを満たしたいがゆえに、商品を売ろうとする販売ベクトルを持っています。特定の商品を1つ売っただけではその販売ベクトルがすこし満たされるだけ、というイメージになるでしょう。
要するに、私たちがお互いの欲求=ベクトルを満たすために商品やサービスをやり取りするのを総合したものが“経済”です。

欲求が科学技術を発展させてきた

商品やサービス、仕事は、それが相手の欲求をかなえなければ対価を得られないわけで、商品開発やマーケティングとは、つまりは人の欲求をいかにしてかなえるかを考えること。
50年前には影も形もなかったパソコンやスマホ、50年前にあったブラウン管の白黒テレビはいまでは液晶のカラーテレビに変身しました。それは科学技術が自然に進歩したからではなく、欲求の新しい対象、つまり新商品をつくるために人間社会が科学技術を進歩させたのだ、といったほうが正解でしょう。
また、経済学に拡大再生産という言葉がありますが、消費財や生産手段ではなく、欲望(欲求)の拡大再生産といったほうが、本質を言い当てています。
現代は多様な商品やサービスであふれ、万能の交換価値を持つお金によって何でも手に入れられるので、事の本質を見失いがちです。
じつは、システムが複雑になっただけで、欲求をかなえるという点では物々交換で生活していた縄文時代と変わっていません。
ただし、欲求をかなえようとするのは動物と同じですが、コミュニケーションによってかなえなければならないのが、社会に生きる“人”の宿命です。

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