•タイプ分けは要注意
•基本と原則「行動を見る」
•基本と原則「反社会的な人かどうか」
•基本と原則「真摯な人かどうか」
反社会的な人かどうか
人を評価する目的
人を評価するのは「自分」。
他人の評価を参考にはしても、他人の評価によって自分の行動を決めるのは危険です。
自分がする評価で行動を決めるのでなければ、人生を他人に左右されかねません。
世の中には、人を扇動して利益誘導や政治目的を達成しようとする人々がいます。
自分で人を評価する目を持たなければ、そうした扇動者たちに自分が操られていることさえ気づけなくなることでしょう。
自分の目でしっかり人を評価するには、自分が何の目的で人を評価しようとしているのかを自覚しておくことが必要です。目的をはっきり自覚していればブレることがなくなります。
私たちの目的は明らかです。
仕事で協力しあいたい、仲良くなりたい、何でも話せるようになりたい・・・つまりは、将来にわたって支えあえる人間関係を築きたい、そんな目的で人を見ています。
暗黒面を見ぬく目
将来にわたって支えあえる人間関係を築くための「人を見る目」の基本と原則は、まず「反社会的な人かどうか」です。
これは、人間関係を築くべきでない人、信用できない人をふるいにかけるための「人を見る目」です。
日本人は、とくに人間の暗黒面に対して無防備になる傾向が見られるので、基本と原則として強調したいものです。
誠意を”弱さ”と見る人、それどころかその誠意つけこんで利用しようとする人に対して無防備になっては、悪意の人に力を与えるという意味で、社会全体にとってもマイナスです。
「反社会的な人」というのは、現に罪を犯している人はもちろん、将来、犯罪あるいはそれに近いことを平気でやってしまえる人。法律違反だけでなく社会的なルール、倫理に反することに抵抗のない人。
このような人たちは、「将来にわたって支えあえる人間関係を築ける人」ではありません。
なぜなら、彼らは自分の意にそぐわない人を敵視するだけで、仮に人間関係を築けても短期的な関係にしかならないからです。
「人を見る目」が曖昧、あるいはあまりに寛容すぎると、周囲に反社会的な人が集まっていても気づかないことがあります。
反社会的な人は自分が何者であるかの看板を掲げているわけではなく、毎日のように反社会的であるわけでもないので、評価は簡単ではありません。
犯罪者が捕まると、周囲の人の「とてもそんなことをする人には見えなかった」というコメントがデジャブのようにくり返されますが、それは反社会的な人を見分けることのむずかしさの表れでもあります。
犯罪グループに入ってしまう若者のなかには、「人を見る目」が育っていないがゆえに引き込まれてしまうケースも多いことでしょう。
平気で一線をこえる人
刑法犯は論外としても、「反社会的」という言葉には、グレーな部分がつきまといます。
とくにビジネスの分野では、法律すれすれのことをやらないと儲けられないと言う人も多く、そうした人まで反社会的と評価してよいのか、迷うところです。
広告では、誇張したり不利益情報を隠して消費者をだますような手法が使われたりします。詐欺との境界が曖昧でグレーな部分です。
この場合の反社会性は、社会がどこまで問題のありそうな広告を容認するかにかかっています。
容認されるかぎりは反社会的ではありませんが、越えてはならない一線、社会常識による評価はあります。その一線を“平気で”越えるのは反社会的です。
社会常識というと曖昧に思えますが、過去に誇大広告などで摘発された人のほとんどは、一線を越えることを自覚してやっています。
社会常識による一線というのは、かなりはっきり認識できます。「この広告はあやしい!」と自分が思う広告は、ほとんどの人がそう感じるものです。
“平気で”一線を越えられる社長の会社に長期間在籍したりすると、感覚がマヒし、社員まで反社会的な物の見方をしていたりします。
とくにセールスを担当するビジネスパーソンには、そうした感覚のマヒで悩んでいる方が多いようです。
もっとも、そのように一線を越えないように悩む人が反社会的でないのはいうまでもありません。“平気で”一線を越えられないわけですから。
よく観察すれば見えてくる
具体的に反社会的な人とそうでない人をどう区別すればよいのか・・・見るからにそのスジの方とわかる人はともかく、グレーな部分が多いだけに簡単に見分ける方法はありません。
しかし、次のような傾向の強い人に対しては、警戒心のレベルを上げたほうがよいでしょう。
1.うらみや嫉妬や憎しみの発言が多い
・他人の悪口をいうとき喜々としている
・許さないという言葉をよく使う
・ののしる言葉や人をバカにする発言が多い
2.失敗や不幸の原因を他人や外的要因のせいにする
・過去の不幸をよく話題にする
・自分に関係ない出来事を非難、批判するのに熱心
・責められるとほかの人も同じことをしていると言い訳する
3.自分の欲求にしか関心がなく、他者への配慮がない
・人を心身とわず傷つけることに無頓着
・自分の正しさを主張するばかりで人の言には答えない
・人をからかったりバカにして喜ぶ
・人を喜ばしたり譲ることをしない
4.簡単に約束をし、簡単に約束をやぶる
・その場しのぎの発言をする
・都合の悪いことは忘れたり知らないふりをする
・都合わるい話は論点をずらす
・言い訳が多い
5.悪いうわさを故意に広めるなどして人をおとしめる
※理由がわからず自分が疎外されるときは悪意の人が周囲にいる可能性がある。
6.弱い立場の人には傲慢になる
・いじめに加担する
・自分と関係のない人にも横柄になる
・謝るとかさにかかる
7.気に入らないことがあると暴言暴力をふるう
・都合のわるいことには黙りこむ
・話し合うことがすくない
・自分の決めたことに反対すると怒る
8.感謝しない
・ありがとうと言わない
・人をほめることがない
・生き物への愛着がない
以上の傾向がひとつも当てはまらない人がいるとは思いませんし、幼少期にはある程度あてはまる人も多いかもしれません。しかし、思春期を過ぎても、いくつも当てはまる場合は「反社会的」な人である可能性が高いと思います。そして、「類は友を呼ぶ」のとおり、そうした反社会的な人が多く集まっているネットワークもあります。
暴力団組織がそう種のネットワークであるのはもちろんですが、普通に見えるネットワークでも、反社会的な傾向がある人はいます。その人数の割合が多いかどうかが問題です。
ネットワークというのは人脈や各種のコミュニティ、所属する組織、企業などを通じた“人のつながり”のことですが、自分のネットワークが反社会的な傾向が強いと感じても、しがらみがあったり、生活の糧を得るために簡単にはぬけだせないケースもあるでしょう。
しかしそれでも、私たちはそんなネットワークのなかで時間を費やすのではなく、自分をより成長させ、支えてくれるネットワークの一員になること目指したほうがよいのは確かです。
人生の時間は、何かを成し遂げるにはそれほど長くはないのですから。
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