ぶれない自分になる2/3

ぶれない人の条件

ぶれないにも2タイプある

「あの人はぶれない」というときの「ぶれない」には、尊敬の念がこめられています。この尊敬される「ぶれない」の辞書的な意味は、「態度、考え方、方針などが一貫している」です。さらに、「何に対して」ぶれないのかに着目すると、次の2タイプが考えられます。

①自分の設定した目標にまい進しつづける姿勢

やりたい、なりたいと思ったことに向かいつづける姿勢です。政治家なら公約を誠実に実行する、経営者なら経営理念を守りとおす、自分は○○に成ると思ったら成るためにまい進しつづける、そんな姿勢です。

②物事全般への一貫した姿勢

人生に向き合う姿勢。主義主張や目標だけでなく、人生のさまざまな問題に対して泰然自若としてつねに前向き、解決困難に見える問題にもあきらめずに向かっていく姿勢です。

メダリストに見るぶれない姿勢

アスリートには、オリンピック・メダルを目標にしてぶれずに努力しつづける人がいます。目標どおりメダリストになったアスリートには、ただただ感服するしかありません。
メダリストたちが、すくなくとも①タイプのぶれない人であるのはまちがいないでしょう。

オリンピック陸上レース
オリンピック陸上レース

しかし、ずばぬけた努力ができるメダリストなのですから、その後の人生も順風満帆となりそうなものですが、現実はそうともかぎりません。なかには生活が破たんした人もいれば、犯罪をおかした人もいます。
そうしたメダリストは、目標に向かってぶれない①の人ではあるけれど、人生にぶれない②の人ではなかったといえます。もちろん、なかには今から挽回する人もいるとは思いますが。
メダル以後がパッとしないメダリスト、メダル以後も目標を見つけてぶれずに生きていくメダリスト。後者は①だけでなく、②も身につけているわけです。
①だけのオリンピック・メダリストがいわば人生のメダルもとれるとはかぎらないという事実は、②のように人生でぶれない生き方をしていくには、努力する能力以外にさらに必要なものがあることをしめしています。

周囲へ感謝するメダリスト

努力する能力以外に必要なものとは、前の『ぶれないメカニズム』で述べたとおり「広い世界観」がそれに当たります。
では、①だけのメダリストと①も②もそなえたメダリストの世界観には、具体的にどのようなちがいがあるというのでしょうか。
世界観は目に見えないので、そのあらわれである言動のちがいを見るしかありません。過去の記録を検証したわけではありませんが、長年の観察からたしかなちがいを感じるのは、①も②もそなえたメダリストというのは、メダルという目標だけでなく、応援してくれる人々への感謝や支援に応えたいという気持ちが強く、それが目標へ向かわせる原動力にもなっているらしいことです。
社交儀礼ということもあるので、かならずしも感謝の言葉の多いメダリストが広い世界観の持ち主とはかぎらないでしょう。
ただ、感謝の言葉が何気に出てくる人は、周囲の応援に応えることを喜びとする(価値とする)世界観の持ち主であるのはまちがいないと思います。逆に、感謝の言葉がほとんど出てこない、あるいは心のこもっていない人というのは、いまだ自己中心的な偏狭な世界観の持ち主なのではないでしょうか。
ちなみに、私たちはすくなくとも子ども時代はかなりに自己中心的です。

リオ・オリンピック
リオ・オリンピック

リオ・オリンピックのメダリストたちは、まるで打ち合わせしたかのように全員が応援してくれた方々へ感謝の言葉を口にしました。そのとおりの思いがあれば、今後も目標に向かってぶれることのすくない人生になるのはたしかと思います。
個人的には、バドミントンの奥原選手が試合後に欠かさず深々と礼をする姿( link:産経ニュース写真)を見ているとき、この方はバドミントンにかぎらず、将来もぶれずに生きていくのだろうなあと思わずにいられませんでした。
以下、「ぶれない人」とは②タイプの人で、その人が目標を設定した場合は①タイプにもなる人のことを指します。

泰然自若・柔軟性・多様性

ぶれない人の言動には、周囲への感謝のほかにもいくつか特徴があります。

・泰然自若としている――ものに動じない。

・柔軟性がある――長年のやり方にこだわらずに柔軟に対応します。主義主張を他人におしつける頑固者とはちがいます。主義主張がぶれないだけで何も行動せず、一歩も前進しない人をぶれない人とはいいません。

・多様性を受け入れられる――柔軟性に通じますが、ほかの人の意見や考え方にも耳を傾けられる人です。でなければ、いつまでも壁を乗りこえられず、いずれ一貫した姿勢もうやむやになるでしょう。

「ぶれない」でいられるのは、肝心なとき冷静に問題に立ち向かい、解決していく能力があるからです。時間がかかっても、試行錯誤をくりかえすにしても、いずれ解決するという自信や信念があるのです。

ぶれなければ問題解決能力がそなわる

知り合いに、ぶれずに事業を立ち上げている経営者がいます。
その方は脱サラして借金もして、いくつも商品を創って販売したのですが、赤字がつみあがるだけ。資金も底をつき、社員へいつ解雇を言いわたそうかと悲壮な日々が続くなかでも、在庫になっている商品を手作業で包装しなおしたりして、あきらめずに工夫をかさねました。
そして、資金繰りに青息吐息という状態を何年もつづけたのですが、気がつけば商品が大ヒットして苦境を脱し、いまは新しい商品を次々に開発しています。
成功の軌道に乗ったから思うのではありません。脱サラしたときからずっと見ていて、「この人はきっとうまくいく」と確信のようなものがありました。本当にぶれない人というのは、全身全霊で目標に向かっていくぞという思いと、あらゆる試行錯誤もいとわないというものの見方、世界観が伝わってくるのです。
先にあげたぶれない人の特徴は、この方の特徴です。

ぶれなくなる方法

どうすればぶれない人になれるのか――ここまで述べてきた言葉で言いかえれば、「周囲への感謝の念が強く、恩義に応える心を持ち」「物事全般への一貫した姿勢」と「自分の設定した目標に向かいつづける姿勢」をそなえ、「泰然自若として、柔軟性があり、多様性を受け入れられる」人にどうしたらなれるのかです。
事は、まったく簡単ではありません。
実用書的に、ぶれない人になれるノウハウやお手軽な方法を探すのは徒労に終わるでしょう。
なぜなら、ぶれないのは考え方ひとつの問題ではなく、考え方すべて、ものの見方すべてが、ぶれないその人をつくっているからです。
先の経営者のようになろうと思っても、彼と自分はちがう人間です。彼のものの見方、考え方の一部だけを取り入れただけでは、決して彼と同じにはなれないのです。学ぶのはいいのですが、模倣するだけでは越えられない壁があります。
本当にぶれない人になる方法はただ一つ。
ものの見方、世界観を“みずから”広げることです。
これは一朝一夕になせるものではなく、日々の経験や学びの姿勢から蓄積されていくものです。いろいろな人に会い、経験し、学び、ものの見方をはぐくみ、それを自分の骨肉としていくしかありません。
そうやってみずからが広く深い世界観をはぐくむうちに、おのずとその世界観のなかにぶれない自分が定まっていきます。

尊敬に値しない反面教師

最近、公私混同問題で辞職したM知事という方がおられます。
M氏のことは30年ほど前からテレビの討論番組で見ていましたが、当時から権力志向が強く感じられる方でした。
結果的に大臣や知事になれたという点では、ぶれずに自分の目標を達成したかに見えなくもありませんが、「ぶれる」とか「ぶれない」ではなく、ただの執着心だったとみるのが的確のようです。

東京都庁(©Markus Leupold-Löwenthal 2005)
権力の象徴? 東京都庁 (©Markus Leupold-Löwenthal 2005)

M氏は「国民の上に立つ者は、 おごりや贅沢をいましめ、 出費をおさえて質素をむねとし 、仕事に励んで国民の手本となり・・」と西郷隆盛の遺訓を引用して職員に訓示をたれたそうですが、 その考え方が氏の世界観を形作るものでなかったのは、自分の贅沢や趣味、私生活のために公費をつかっていたことからあきらかです。
立派な言葉をならべるだけで、中身がないどころか、正反対の考え方、ものの見方、世界観を持っていたわけです。ぶれなかったとすれば、黒を白と言いくるめようとする傲慢さや目的のためには手段を選ばないという考え方。
とても“尊敬に値する”ぶれない人ではありません。むしろ、人としての生き方はぶれまくり。いえ、人としての生き方になっていないといったほうがよさそうです。
いつわりだらけの世界観というのは、広く深い世界観とは対極にある偏狭なしろものであるにちがいありません。

リスペクトがなければ砂上の楼閣になる

一人ひとりの世界観はちがうとしても、そのあり方には基本と原則があります。
M氏のように、尊敬に値しないような生き方をしてしまうのは、周囲への感謝の念がなく、人を人とも思わない、自己中心的で偏狭な世界観のなせるわざです。
結果的に、M氏は社会的な制裁を受け、その権力志向は打ちくだかれてしまいました。自己中心的な世界観の人は、表面的に目標を達成したかにみえたとしても、それは砂上の楼閣です。
本当にぶれない人というのは、多くの人に支えられた確固たる楼閣を築ける人でしょう。M氏には一から出直してその見本をみせてほしいものです。
社会のなかで生きる私たちがふれずに目標に向かっていくには、尊敬される世界観を持つことが必要です。なぜなら、自動運動の黒点の実験が象徴しているように、“周囲”の支えができてはじめて人はぶれないでいられるからです。
そして、力強い周囲の支えというのは、その人が尊敬に値するからこそ生まれるのではないでしょうか。

NEXT:ぶれない生き方の基本と原則


「ぶれない自分になる2/3」への2件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です