社会の舞台裏1/3

•外からシンプルに社会を見る
•社会は欲求の交換システム
•社会のルールから生き方を読む

外からシンプルに社会を見る

人生の舞台

仕事や人間関係、お金のこと・・・人生の問題の全ては“社会”のなかで解決すべきことばかりです。社会はまさに人生の舞台。もし、その舞台のしくみを理解していなければ、自分が何を演じているのかさえわからなくなるかもしれません。
「社会は大きくて複雑で難解、社会のしくみなんて知ろうとするだけ無駄」とあきらめては、自らハンディを背負うようなもの。
政治、経済、文化、科学、教育、企業、流通、商品、事件事故・・・細かく見ていけば確かに迷路に入りこみそうですが、社会のなかで生きていくのに、おさえたい基本と原則、ものの見方はあります。
関心を持ちつづけ、あきらめさえしなければ、だれでも社会のしくみが「わかった!」と思うときが何度もおとずれます。そんなときが「目からうろこ」。
わかってしまえば「なんだ、そんな簡単なことだったのか!」というのが相場。でも、わからないうちは、人生の問題が壁のように立ちはだかって途方にくれたりするのです。
とにもかくにも、社会のしくみへGO!

宇宙から社会を見る

社会のしくみをとらえるには、外から社会を眺める、つまり客観視する必要があります。
社会のなかで当たり前に生きる私たちは、普段、“社会”を意識しません。社会のしくみといわれたところで、何から考えたらよいのか見当がつかなくて当然。
そこで、まず考える“対象”とするために、社会の外に視点を移してみましょう。
内側からは見えなかった景色が見えてくるはず。水槽の中の金魚が自分の住んでいる世界を眺めるには、水槽の外に出なければなりません。
現代人が幸いなのは、人間社会をはぐくむ地球を宇宙から眺められるようになったこと。人類は、いまやだれでも映像を通して自分たちの存在を俯瞰できます。
俯瞰しただけで客観視とはいいませんが、視覚的なイメージから受ける強烈なインパクトは、ものの見方を変えるのに役立つでしょう。

150万㎞かなたの社会

下の写真は、地球から太陽に向かって150万㎞の距離から撮影されたもの。

2015年7月16日アメリカ海洋大気庁のDSCOVR衛星撮影
2015年7月16日アメリカ海洋大気庁のDSCOVR衛星撮影

「人間が存在する光景のなかでこれ以上に壮大なものはない!」という映像。
宝石のような地球の手前にはモノトーンの月、まさに生命と物質の象徴です。
いまのところ、地球以外の星々に生命は発見されていません。
果てしない宇宙では、さまざまな物質が一定の法則で変化しつづけているらしいことがわかっているだけ。
地球も、宇宙の物質の法則から生まれて、無限の空間と時間のなかに“ぽつねん”と浮かんでいます。
私たちの社会は、その地球の上で営まれています。

地球生命の異端児

漆黒の宇宙から地球に近づけば、物質だけの世界から一変して、奇跡のような多様性にあふれた生命群が見えてきます。
その奇跡のような生命たちの活動のなかでも、きわだった異質さを見せている生命が、“人”です。
自然環境のなかで生存の闘いをくり広げるだけのほかの生命とちがい、人は建物や機械や道具などの人工物を産みだし、牧畜や農漁業などの食料生産のほか、およそ生存の闘いとは関係なさそうな学問や芸能やらの文化的な活動をおこなっています。
神社の屋根から飛び上がった小鳥をハヤブサが追いかける、その下方では、人々が夏祭りに熱狂する。アリゲーターが小動物を襲う、そのフロリダの湖沼では、巨大なロケットが轟音をあげて青空を上昇していく。

アリゲーターとロケットinフロリダ
アリゲーターとロケットinフロリダ

地上の生命ではハヤブサやアリゲーターの弱肉強食の活動が当たり前。夏祭りに熱狂し、ロケットを打ち上げるのは、地球生命の何億年もの歴史のなかでも、“人”が初めてです。
宇宙から見る“社会”は、人工物に囲まれてほかの生命群とはまったく異質な活動をおこなっている“人の集まり”です。

言葉でつながる生命

人が人工物を産みだし、ほかの生命と異なる活動ができるのは、言葉、つまり“音声言語や文字などの記号”をつかって情報を交換できるからです。
言葉は、最初は単純に物の名前や動きを表すだけだったでしょう。
しかし、時間が経つほど言葉の数が増え、複雑化し、人はほとんどの物事を言葉で表現するようになりました。人のように言葉をつかいこなす動物はほかに見当たりません。
「おはよう」
「朝ごはん何?」
「顔あらった?」
たったこれだけの会話も、ワンちゃんに理解してもらうのは永遠の課題です。
言葉がさらに画期的だったのは、情報交換だけでなく、情報の蓄積も可能にしたこと。
この働きのおかげで、個人が経験したり考えたりした内容を同世代だけでなく、世代を超えて共有できます。
そして、人が増えるほど、膨大な経験と知識が蓄積され、それを共有することで人同士が言葉でつながる世界、“社会”が進化してきたのです。

言葉が創りだした異次元空間

地球上のほかの生命と私たちの決定的なちがいは、共有している情報の内容とその量です。
ほかのほぼ全ての生命は、遺伝子、DNAが持つ体の設計情報を共有するだけですが、人は言葉で表された経験や知識も無尽蔵に共有しています。
しかも、言葉にされた経験や知識は、全てが関係づけられ、複雑で膨大な言葉によるネットワーク空間を作っています。

遺伝子DNAの模式図と図書館の本棚
遺伝子DNAの模式図と図書館の本棚

言葉によるネットワーク空間は、図書館にある数えられないほどの本をイメージするとよいかもしれません。
それらの本のなかの情報は、言葉を通じて結ばれています。たとえば、このサイトには、ほかのサイトにリンクした言葉がありますが、その気になればほとんどの言葉にリンクをはり、ほかのサイトと結べます。
そのような言葉のネットワークは、ひとつの空間や世界として見ることができます。
現代では、インターネット上のサイバースペースにたとえたほうがわかりやすいという人が多いかもしれません。ただし、サイバースペースは、人向けの言葉より、機械向けのプログラミング言語だらけですが。

ただの人の集まりが意味ある社会へ変貌

言葉は物事を表現するだけでなく、さらに、目に見えない、存在もしない、頭のなかでしか理解できない、抽象的な概念も表現するようになりました。
たとえば、”社会”という言葉も抽象的な概念です。
宇宙から見ればただの”人の集まり”にすぎないかもしれませんが、私たちが普段つかう”社会”という言葉はただの人の集まりを意味していません。
頭のなかで“しゃかい”という言葉(音声でも文字でも)をえがいて意味をとらえようとすれば、光のようにもやもやして形にならないものが浮かぶでしょう。
そのもやもや光のようなものが意味のかたまり、“概念”といわれます。
“社会”という意味のかたまり=概念は、“社会”という言葉を中心にしたイメージや感情や言葉のネットワークからできています。いろいろなものがまざって一つのイメージにならないので、もやもや光になったりするわけです。
ネットワークの一部はすぐにとりだせます。
たとえば、社会という言葉から何か一つ言葉を連想してみます。
“ニュース”という言葉を連想する人もいれば、“学校”という言葉を連想する人もいるかもしれません。
さらにニュースや学校からはほかの言葉が連想できることでしょう。同じ人でも、時間がちがえばまったく異なる言葉を連想するかもしれません。
そのように“社会”という言葉(記号)を中心にして広がる言葉と、言葉にともなうイメージや感情のネットワーク全体が、頭のなかにある“社会”です。
じつは、私たちが生きている“社会”は、ただの“人の集まり”ではなく、頭のなかの言葉のネットワークで意味を与えられた社会です。
人と出会ったとき挨拶をするのは、頭のなかの社会では、それが価値あることとみなされているからです。
社会がただの人の集まりであれば、挨拶する必然性はありません。

コミュニケーションイメージ1頭のなかの社会
コミュニケーションイメージ1頭のなかの社会

コミュニケーションは宿命

気がつけば、私たちはいつの間にか人工物に囲まれ、当たり前に言葉をつかった情報交換をしながら、社会的な活動に参加しています。
“言葉をつかった情報交換”とは、個人の生活レベルでいえば“コミュニケーション”です。
コミュニケーションによって進化し、頭のなかに言葉で創られ、意味を与えられている社会。
私たちは生まれた時から、そんな社会の一員として育てられます。
それは、私たちの人生が、人同士のつながりのなかでコミュニケーションをとりつづけなければ成り立たないことを意味しています。

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