ルソン助左衛門のブランド化戦略

イノベーションの時代

戦国時代は、イノベーションを起こした起業家たちにあふれている。
あの時代に有徳者や豪商といわれた大商人たちは、それまでになかった新しい商品、サービス、商売のやり方を編み出したという点で、ほとんどがイノベーションの達人たちである。
彼らは、現代よりはるかに生々しい生存競争のなかで、死に物狂いで新しい商売を生み出していた。
そもそも日本で「商業」が起こったのは室町から戦国、江戸初期の約200年の間。とりわけ戦国時代後期の市場経済の拡大は、ビッグバンのごときだ。
それまで近畿の一部都市をのぞけば日本全国、ほぼ物々交換、自給自足の経済だったのが、燎原の火のごとく地方都市まで貨幣経済、商品経済が浸透した。
人間の手で作り出せる商品やサービス、商売のしくみは、あの200年間でその原型が登場したのではないか。
戦国時代はイノベーションだらけの時代。有徳者や豪商たちは、新しい市場を創造したアントレプレナー(起業家)たちなのだ。

南蛮貿易(16-17世紀、狩野内膳画の南蛮屏風より)
南蛮貿易(16-17世紀、狩野内膳画の南蛮屏風より)

希代のアントレプレナー

ルソン助左衛門こと納屋助左衛門は、かなりユニークな戦国時代のアントレプレナーである。
同時代を生きた堺の豪商、今井宗久や津田宗及などが、時の権力者である信長や秀吉と結びついて流通を支配して商勢を拡大したのと比べると、助左衛門は権力者と結びつくというより権力者をたぶらかして大儲けした。
あげく、東南アジアに雄飛して日本から消えた。
それだけをとりあげるとアジアを股にかけた大詐欺師にも見えるが、「呂宋壺」という現代でも茶の湯の世界で珍重されるブランドを残していった。つまり400年以上つづくブランド商品を生み出した希代のアントレプレナーなのも確かなのだ。
ちなみに呂宋=ルソンは、現フィリピンの当時の国名、地域名である。

異常な高値

呂宋壺は「茶壺」、茶葉を保存する壺である。初夏に摘まれた新茶は、茶壷で寝かされて11月ごろ「口切」という行事のときに石臼でひいて抹茶にする。
呂宋壺は、今日でも茶事でお目にかかれる。
色合いや風合いに確かに優れたものを感じる壺もある。が、大半はそれといわれなければ、その辺で見かける壺となんらかわらない。そのありふれた壺の想像を絶する高値に、ほとんどの人は信じられない思いをする。
秀吉のころ、日本に来たヨーロッパ人たちが呂宋壺の高額さに驚愕したというエピソードが残っている。

呂宋壺イメージ

1597年、長崎に入港したイタリア商人は、1万円もしないだろうと思った壺が5億円くらいになる、いや、場合によっては10億円くらいになると聞いて目が飛び出るほど驚いたのだが、そんな話はだれにも信じてもらえないと思って自国へのレポートに書くのをためらった。
ところが、船が長崎に着くや、秀吉の代官たちが乗り込んできて、呂宋壺を探し始めた。「隠している者は死刑にする」と言われて、腰を抜かした。イタリア商人は、そのときのエピソードとともに、土くれにしか見えない呂宋壺の高額さを本国に報告した。
信じられない壺の話は、こうしてヨーロッパにも伝わった。

ブームの新規性

呂宋壺ブームの底流には茶壺ブームというのがある。
中国の釉薬のかかった壷は古くから珍重され、十六世紀を通じて茶の湯愛好者である数寄者といわれる人々の間で高額で取り引きされた。釉薬のかかった呂宋壺はその茶壷ブームの掉尾を飾るものだった。
「茶の湯」ブームの絶頂期と重なったことも影響している。
秀吉の時代から江戸初期にかけてが、その時代である。
当時の大名や豪商はもとより、地方の武士や商人にまで流行していた。茶人たちは、大量にしかも高額で呂宋壺をこぞって購入した。呂宋壺を持つことが、ステータスだった。
日本史上初めてブームになって売れまくった高額の趣向品だろう。
輸入元のルソンでは、その種の壺がなくなったというのだから、当時の海路輸送の困難さとその量の多さを考えると尋常ではない。
呂宋壺は突如市場に現れ、いきなり高価な値段で全国的に取引された点で、それまでの日本には見られないパターンの人気商品だ。

呂宋壺の仕掛け人

呂宋壺ブームの背後には、仕掛け人がいる。
なぜなら、底流として茶壷ブームはあったとしても、ルソンの人々が生活用品として使っていたありふれた壺が、ただ日本に持ってきただけで、そんな短期間で高価なブランド商品に化けるのは無理がある。
情報化社会といわれる現代でさえ、新しい商品が口コミで自然にブランド化するには時間がかかる。
たとえ周到な戦略と広告宣伝活動によってブランド化を画策しても、多大な費用と時間がかかるのだ。
素朴な情報伝達手段しかない当時の社会で、口コミだけで短期間に呂宋壺がブランドになるのは困難だ。
であれば、呂宋壺を新しいブランドとして短期間で確立させた仕掛け人がいる。それはだれか、どんな仕掛けがあったのか。

『太閤記』に挿入された商人エピソード

秀吉の事績を顕彰する目的で書かれた軍記物、小瀬甫庵という人が書いた『太閤記』のなかに、おもしろいことに一か所だけ、商人が主役として登場するエピソードがある。「呂宋より渡る壺の事」の段である。
『太閤記』は1620年代の著作だが、エピソードは1594年の出来事だ。甫庵はエピソードの年は30歳、当時は豊臣家二代目の関白・秀次に医師として仕えており、エピソードの現場にはいなかったとしても、秀吉情報をほぼリアルタイムで知ることのできる立場にいた。
エピソードはただの創作ではない。
以下はその「呂宋より渡る壺の事」の段を現代語訳したもの。
文中の「真壷」というのは形や壺表面の釉薬の具合などから中国製とみられる茶壺の呼び名で、呂宋から輸入された真壷が「呂宋壺」とよばれる。
実際、そのころルソンに存在した壺は、おそらく何百年も前に中国から生活用品として持ち込まれた中国製の壺と考えられている。当時のルソンではその種の壺は生産されていなかったからだ。

呂宋より渡る壺の事-『太閤記』巻十六の一段
堺の納屋助右衛門という町人が、去年の夏、台湾や呂宋に渡り、文禄三年七月二〇日(1594年9月4日)に帰朝した。その時の堺の代官は石田正澄だったので、助右衛門は正澄を通して唐傘とろうそく千本、生きたじゃ香二匹を秀吉公に献上し、お礼申し上げた。
さらに五十個の真壷をお目にかけたところ、秀吉公はことのほかご機嫌で、大坂城の西の丸の広間に壺を並べさせ、千宗易などにも相談して、上中下の値札をつけさせ、所望する者はだれでも選びとれと仰せになった。
これにより希望の人々が西の丸にお伺いし、値札にしたがって五、六日のうちにほとんど売れてしまった。
残った三個を持ち帰りたいと正澄に納屋が申し上げると、秀吉公は、その代金を与えて残りの壺三個を取っておけと仰せられたので、助右衛門は金子をちょうだいした。こうして助右衛門は五、六日のうちに徳人となった。

17世紀『国花万葉記』挿絵
17世紀末に著された『国花万葉記』の挿絵。手前でひれ伏しているのが助左衛門。二匹の猫のような動物が「生きたじゃ香」。台に乗っているのが呂宋壺。

衝撃の呂宋壺展示即売会

大坂城主催の呂宋壺の販売は、当時の人々には衝撃だったろう。
そのころの大坂城は、全国の大名・武将、豪商、文化人、芸能人、豊臣政権の武士たちが出入りする日本随一の巨大施設、イベント会場でもあった。しかし、それは秀吉が天下統一を実現したから初めてできたことで、いわば国会議事堂に呂宋壺展示即売会場を設けたようなものだ。全国の権力者、有力者が多数集まる展示即売会というのは、日本史上初だろう。
また、売上高は現在の金額で数百億円規模だったとみられ、一つの展示会でこれほどの額というのも日本初だったろう。
さらに、値札をつけて不特定多数に売るというやり方自体が、対面販売が当たり前の時代、画期的な販売方法だったはずだ。
三井高利が江戸の越後屋で現銀掛値なし、現代の定価値札=正札のようなものを呉服につけて不特定多数に売るという新しい販売方法で成功したのは、十七世紀末である。それまでは掛値、つまり対面販売で値切られることを想定して初めは高値を言って交渉を始めるので、値札をつけるというのはめずらしいことだった。アフリカでは、いまでも値札をつけずに日用品が売られている所も多いというから、値札販売というのはわりと最近の話なのだ。
呂宋壺は上中下の値札をつけて販売したというから、ある程度販売価格に幅をもたせていたのだろう。正札販売とまではいかなかったが、展示即売会で値札販売というのが画期的だったのは間違いあるまい。
呂宋壺展示即売会が衝撃的だったのは、『太閤記』でほかに商人に関する記事が一つもないことが雄弁に語っている。著者の小瀬甫庵には、秀吉時代に起こった出来事のなかでどうしてもはずせない印象的な出来事だったのだ。

助左衛門の実像

呂宋壺展示即売会に登場する堺の納屋助右衛門は、ルソン助左衛門の通り名で知られる海商、いまでいうところのプレイングマネージャー型の貿易商である。
1978年のNHK大河ドラマ『黄金の日々』の主人公となり、松本幸四郎が演じて人気を博したことでルソン助左衛門の名を知る人は多い。覚えている人は、2016年の大河ドラマ『真田丸』のなかで松本幸四郎が助左衛門役で出てきたのには、脚本家の三谷幸喜さんの粋な計らいを喜んだことだろう。
このルソン助左衛門、その名が知られている割には謎だらけである。というか、ほとんど何もわかっていない。
わかっていないが、「ルソン=呂宋=現フィリピン」助左衛門という通称が示しているように、ルソンと貿易をして、「呂宋壺」で大儲けしたというエピソードだけが知られる。そのエピソードとは、『太閤記』の呂宋壺展示即売会にほかならない。当時の記録はほかに何もない。
1世紀ほど後に助左衛門が登場するいくつかの書物があるが、すべて『太閤記』エピソードの写しである。寺社の言い伝えにもいくつかエピソードはあるのだが、真偽がよくわからないだけでなく、助左衛門の商売ぶりを示すものは見当たらない。
要するに、助左衛門の商売を知る史料は『太閤記』だけなのだ。

垣間見える助左衛門の発想

拙著の『戦国イノベーション―たくましき海商ルソン助左衛門の時代』では、『太閤記』の検証をした。
呂宋壺展示即売会の信ぴょう性についてだ。
結果、「千宗易などにも相談して」という部分以外は、ほぼ史実であろうという結論である。千宗易とは千利休のことだが、文禄三年にはすでに亡くなっていてこの世の人ではなかった。
しかし、著者の甫庵が勘違いしていた可能性もあるのだが、その場に利休はいないとしても、「相談して、上中下の値札をつけさせた」のは事実を反映しているのではないかと思う。
助左衛門は、呂宋壺展示即売会以外ではその名がどこにも出てこない。堺の史料にも、朱印貿易関係の史料にも、である。その他、大名家や商家の古文書にもいまのところ名が見当たらないことから考えれば、彼が秀吉と接触したのは、呂宋壺展示即売会の時期だけだろう。それ以外は、海外と堺の間を行き来していたと考えるのが合理的だ。
『戦国イノベーション』で記したのだが、私は千利休とつながりのあった助左衛門が、利休の茶の湯における高名を利用して呂宋壺ブームの仕掛けをした――と考えている。
いまであれば、有名人を広告宣伝につかって商品をブランド化する類の仕掛けは当たり前に見られるが、そうした発想を実行にうつした商人は、助左衛門が初めてではなかっただろうか。

※戦国イノベーション関係の記事は「FaceBook 戦国イノベーション」にもあります。

底力はどこにある?

人は危機に面したとき、底力が出てくるといいます。けれども、なかには危機に立ち向かう底力が出てこない人もいます。その差は何でしょう? 次のフローチャートは、それを考えるツールです。その後の[診断]は占いと同じ、気にいらない診断はまったく気になさらないでください (^^; あくまで考えるキッカケのゲームです。

test14
test14

[診断]

〔底力チェック〕
あなたの底力を乗り物にたとえて診断すると。
……クルマ
安定した生活を維持していく十分なパワーがあります。後はグレードアップ。
……新幹線
自分だけでなく多くの人を一緒に乗せていくパワーがあります。そのパワーを人のために活かせるとさらに充足感あふれる人生になるのではないでしょうか。
……自転車
考えこむことをやめて、小さなことでも確実に行動してやりとげていけば乗換えです。
……バイク
頭のよいあなたは自分を楽しませることばかり。そろそろ人生の嵐がくるかも。

[ものの見方]

どれほど能力があるように見えても、幸せそうにみえても、誰でも挫折したり、落ち込んだりすることがあります。成功・失敗、能力の有無は、自分しだいだとわかっていても、そう思えないときもあります。
逆境に強い人と弱い人、危機的状況(心理的にも物質的にも)を乗り越えられる人と落ちこんでしまう人、その差は本当にちょっとした差です。
どれほど自分を信頼できているか。実は、その差が底力の差となって大きく生き方を変えてしまいます。
自己への信頼は、頭の理屈で納得しても生まれません。これまで生きてきた充実感が自己信頼を生み出す力です。小さなことでもかまいません。何かをやりとげたという充実感の積み重ねが、目に見えない底力となって、その人をどんどん強くしていくのです。
確実なことは、「行動する人には底力がそなわる」ということです。チャレンジし続ける人は、ますますパワーのある人になっていきます。
以下は設問ごとの考え方。

Q1 やりとげる自分は必ずいる

自分がやりたいと思ったことを一つでもやりとげたと思える人は幸いです。けれども、もしやりとげたことが一つもない、と思う人は思いなおしてください。
やりとげられていないことは、今できないだけで、いずれ機会がきたらきっとやりとげられるようになります。今は目の前にある問題に集中して、一つ一つ解決していきましょう。
そして、やりとげたことを思い出してください。
やりとげたことを、あなたが忘れているだけ。きっと小さなことだと思いこんでいるだけ。だれかを喜ばしたり、笑顔にしたり、人に頼まれたことをやりとげたり、そうしたことはたくさんあるはずです。もし一日一回でも身の回りにいる人を喜ばせられたら、それはそれはすごいことにちがいないのです。
人の目標には、本来、大中小などの区別はありません。何もやりとげていない人などこの世にいないのです。今まで生きているのがその証です。一度でもだれかを喜ばせたことのある人は、何かをやりとげる力が必ずあります。

Q2 運・不運に関係なく前に進む

何かをやりとげようとする人には、運がよいとか運がわるいとかは関係ありません。どうであれ、自分に起こったことは、自分で引き受けるしかないのですから。
物事がうまくはこばないとき、運・不運を考えてしまうのは、目の前の現実に向き合っていないときだと思いましょう。
不運としかいいようのない出来事が起こって物事が中断することがあるとしても、あきらめずに前進しようとする人は、不運など気にもとめていないものです。

※「ゲームで自己啓発」は、90年代に出版された筆者の『東大式おもしろ心理ゲーム』を改訂して掲載しています。

可能性は「できない」壁の向こうにある

特殊な能力というものがあります。絶対音感、写真のような記憶力、超人的な身体能力……それらの特殊な能力は、先天的かもしれません。けれども、ビジネスで成功する能力、目標を達成する能力といったものも、はたして先天的なのでしょうか。あなたは、そうした能力のことをどのようにイメージしていますか。
次の設問は、それを考えるためのツールです。その後の[診断]は占いと同じ、気にいらない診断はまったく気になさらないでください (^^; あくまで考えるキッカケのゲームです。

バンジージャンプ
バンジージャンプ

Q1 結婚したい好きな彼(彼女)が、バンジージャンプをしようと誘ってきました。彼(彼女)は何度もやっていてバンジージャンプの素晴らしさをよく話題にします。あなたはやったことはありませんし、バンジージャンプは怖いと思っています。こんなときのあなたの反応は?

a 即座にOKする。
b いろいろ理由をつけて結局やらない。
c できない、ときっぱり断る。

Q2 あなたは新入社員。上司が企画案をまとめてくれないかと話をもちかけてきました。ところが、あなたの知らない専門的な知識がなければその企画案はまとめられそうもありません。あなたの返事は?

a 調べないと返事ができませんと応える。
b 自分ではできないとお断りする。
c やらせていただきますと承諾する。

[診断]

Q1~2で選んだa・b・cを次の表で点数換算して合計、合計点で診断します。

配点表
配点表

〔突破力チェック〕

……前進あるのみタイプ
なんでもやれるあなたの課題は、目標をしぼること。

……二歩前進一歩後退タイプ
「できない」理由を考えるより「やる」理由をたくさん考えるようにしましょう。

……一歩前進一歩後退タイプ
自分の気持ちに素直に行動してみませんか。

[ものの見方]

ビジネスをうまく進める能力、コミュニケーションをスムースにやれる能力、さまざまな問題の解決能力、それら社会生活で要求される能力はすべて後天的なものです。生まれながらにできる人は一人もいません。
その人自身が能力を開拓しようとしなければ、できないのは当たり前です。
何事も「できない」と決めつけるのは禁物。そう思うのは自分で壁をつくって可能性をせばめるだけ。まして、それを理由にして目標をあきらめるとしたら、残念なことです。
人それぞれに得手不得手があるのは事実ですが、不得手なことでも時間をかけてチャレンジしつづければ、ほとんどの人が自転車に乗れるようになるのと同じく、大方のことはできるようになります。
単に「今の自分にはむずかしい」のであって、「できない」わけではないのです。
以下は、設問ごとの配点の考え方。

Q1 情熱ができる自分をつくる

相手への情熱があれば、バンジージャンプくらいなんのその。バンジージャンプが「できるできない」なんて問題外です。aは同じ体験をして話題を共有したいというあなたの情熱が伝わり、つき合いが一歩前進することはまちがいありません。
bは好きな相手より、自分の思いを大切にしているように見えます。
cは自分の考えがしっかりあるように見えますが、bと同様、「できるできない」「怖い」のほうが相手への思いより勝っているようです。
この設問は、彼(彼女)→目標、バンジージャンプ→目標達成の過程に現れる課題、と置き換えて考えれば、意味がわかりやすいかもしれません。

Q2 可能性は「できない」壁の向こうにある

ビジネスパーソンであれば、ほとんどの人がcを選ぶでしょう。
aやbのように、「専門的な知識がないからできません、考えさせてください」と上司の依頼を受けないのは、新卒の新入社員がやってしまいそうな応対で、理路整然と間違っています。

  1. 上司は新入社員の仕事への姿勢や能力を知りたいために依頼しています。
  2. 専門的な知識がないとまとめられない→まとめるのに必要な専門的な知識がいま現在ないとしても、全力で調べればよい話。新しい知識を自ら学ぼうとする姿勢がないと宣言しているようなものです。
  3. やらずに「できない」というのは、自分で壁をつくっているようなもの。上司から見れば、この種の仕事は頼めないことになり、仕事の可能性を自分からせばめています。

今できないからといって目の前のチャンスを見逃すのは、可能性を捨てていくようなものです。もちろん、現実の会社では、仕事の優先順位や職場環境、上司との人間関係などによって、すべての依頼を受ける必要はないかもしれませんが、設問のような状況ではcの一択でしょう。
仕事でも学問でも、人間関係でも、初めから「できない」では何も始まりません。「今できなくとも、やればできる」と信じて一歩前に足を出せば新しいステージにたどりつけるのが世の中のしくみです。

※「ゲームで自己啓発」は、90年代に出版された筆者の『東大式おもしろ心理ゲーム』を改訂して掲載しています。

チャンス到来確率予報

チャンスは、いつ、どのように現れるのでしょうか。あなたはチャンスをつかめる人でしょうか。次の設問は、それを考えるツールです。[診断]は占いと同じ、気にいらない診断はまったく気になさらないでください (^^; あくまで考えるキッカケのゲームです。

富士山登山
富士山登山

Q1 あなたは友人と楽しみにしていた富士登山に出かけました。普通は山小屋で一泊するのですが、未明に車で五合目まで、そこから登りはじめて昼すぎ山頂で食事、夕刻までに下山するというハードな計画でした。ところが、予想以上に山道が険しく、昼すぎにようやく九合目。友人は唇が紫色でとても苦しそう。疲労困憊の友人ですが、ここまで来たらもう一息だから頑張ろうと言っています。あなたは次の中でどの行動を取る?

a九合目から引き返す
b友人を九合目の山小屋に休ませて、山頂へ向かう
c友人の様子を見ながら、二人で山頂へチャレンジする

Q2 あなたは物書き(ライター)志望。初めて出版社へ自分の原稿を持っていきました。応接室に入ってきた編集長は、ともかく原稿を見せてくださいと言ってあなたが持参した原稿を読み始めました。こんな時、あなたは何を考えて待ちますか?

a原稿を気にいってもらえるかどうか
b何かを聞かれた時にどう応えるか
c何も考えずに待つ

Q3 あなたは友人の彼(彼女)を好きになってつき合っています。友人はあなたを信じていて、まさか彼(彼女)とそんな仲になっているとはまったく思っていません。あなたは次の中でどの行動を取る?

a友人に正直に話す
b黙っている
c彼(彼女)と別れる

[診断]

Q1~Q3で選んだa・b・cを次の表で点数換算して合計、合計点で診断します。

配点表
配点表

〔チャンス到来確率予報〕

……90%以上
開運状態。あなたは今のまま自然体でいれば、黙っていても大きなチャンスが次から次へと引きつけられてきます。

……90~70%
時々、ポカをやるあなた。けれども、あなたが人への誠実さを忘れないかぎり、気がつけばチャンスは必ず目の前に。

……70~50%
あれもこれもと欲張ってしまいがちなあなた。いっぺんに手に入れようとすると、全部手からこぼれてしまいます。

……50%以下
まだ自分の世界だけで生きているかも。あなたが自分のことしか考えなければ、自分のことしか考えない人か、あなたを利用しようとする人だけが寄ってきて、チャンスはほとんどなさそう。

[ものの見方]

チャンスのタネは、たぶんいつでもどこにでも転がっているのですが、それを活かすも活かさないも自分しだいなのです。
映画ではたまたま出会った大金持ちに見初められて劇的に人生が好転するといったパターンがありますが、それは宝くじに当たるようなもの。多くの人にとって、チャンスはそれとわかるほどに劇的ではないでしょう。
好人物との出会いにしろ、ビジネスの成功にしろ、実際には、その時、その場面、その相手が過ぎてから、「ああ、あれがチャンスだった」と気づくのではないでしょうか。
また、チャンスは突然やってくるわけではなく、大きなチャンスがやってくる前に、そのチャンスを引き寄せる小さなチャンスが積み重なっているものです。
はっきりしているのは、チャンスを運んでくるのは“人”だということ。まず人との良き出会いがなければ、何も始まらないのです。ですから、チャンスを引きよせるのは、日頃から人を大切にする自分の生き方。つまり、日頃から周囲の人を大切にして生きていれば、その積み重ねに応じてチャンスが呼び寄せられるのです。

設問への回答には、考え方、価値観、ものの見方があらわれます。配点は、周囲への誠実さやいさぎよさが感じられる場合を高得点とし、自分中心の言動とみられる場合を低くしました。周囲への誠実さや潔さは、人をひきつけ、チャンスをもたらすと考えるからです。設問ごとには、以下のように考えました。
なお、いわずもがなとは思いますが、設問と類似した出来事が本当に自分に起こったとしても、現実の出来事と抽象的な設問とはまったく異質。配点はまったく気にせず、誠実さを胸に、臨機応変に対応するしかありません。

Q1 問題状況での決断に自分があらわれる

設問の富士登山は、もともと無理のある計画です。昼を過ぎても頂上に到達せず、友人に疲労と高山病によるらしいチアノーゼ(唇が紫色)が出ている状況は、計画がすでに破たんしていることを示しています。
そもそもこの登山は、友人と“楽しむ” ためではなかったのでしょうか。友人の様子を見れば、aの「九合目から引き返す」以外の選択肢は考えにくいです。
bの「友人を九合目の山小屋に休ませて、山頂へ向かう」は、いつの間にか“山頂”だけが目的となっていて、楽しむという目的も友人への気づかいも吹き飛んでいます。大切なものを見失ってさまよっている人のようです。
cの「友人の様子を見ながら、二人で山頂へチャレンジする」は友人の性格や体の具合によっては、ありえなくもないというだけ。基本、友人が死に物狂いで登山を主張したとしても、それを制止して下山する決断をしたほうがよいでしょう。富士登山はまたのチャンスがありますが、友人に何かあったら取り返しがつかないのです。

Q2 相手を安心させる器量

設問は、ライター志望者の出版社への原稿持込みを題材にしていますが、試験面接やビジネスの取引先や見合い相手との初顔合わせなど、人生の分岐点、勝負の際の心の持ち方に通じています。
aの「原稿を気にいってもらえるかどうか」は、だれしも気になるかもしれませんが、評価は相手しだい。賽は投げられているので、結果を案じるより、後学のためにまた会うかもしれない相手の表情や言動を観察するくらいの気構えがほしいところです。
bの「何かを聞かれた時にどう応えるか」というのは、会う前に考えておくことです。
こうした面談では想定問答などの準備は事前に万端ととのえておき、現場ではcの「何も考えずに待つ」という自然体が正解です。
現場では想定外のことばかりになるのが相場で、想定問答などの準備は心を落ち着けるのに役立つだけです。むしろ、想定どおりにならなくてあわててしまったら最悪。現場では、「人事を尽くして天命を待つ」のみです。
質問に対して臨機応変に自分の考えを述べる姿勢は、相手に安心感を与えます。
面談の相手は自分より場数をふんでいるわけですから、普段とちがう応対は見抜かれると思って間違いありません。就活などでマニュアルどおりの優等生回答ばかりしても、不合格になったりするのはそのためです。
しかし、臨機応変さというのは、一朝一夕に身につくものではありません。人に接するときに誠実に自分を表現するという普段の積み重ねが、自らを助けます。

Q3 情愛と誠実さ、どちらが大事

友人の彼(彼女)とつきあっていて、a「友人に正直に話す」というのは、現実にはもっともありそうもないパターンです。なぜなら、それほど正直な人は、そもそも不倫のごとき関係になりそうなときは、事前に回避行動をとるでしょう。
とはいえ、いかに誠実、正直な人とて、魔がさして設問のような状況におちいることがあるかもしれません。でも、そうなっても、根が正直なので、結局は友人に話さずにおられなくなるわけです。
事が事だけに、正直に話しても友人との関係は破たんしてもしかたないでしょう。
しかし、aのバカ正直さとbの「黙っている」とでは、どちらが社会のなかで信用されるかは明らかです。バカ正直なだけでは世の中は渡りにくいかもしれませんが、それでも、そのマイナスを補ってあまりある“信用”を得られることでしょう。
bの「黙っている」は、情愛のために友人の信頼を裏切りつづけているにほかなりません。「黙っている」人とは、だれもつき合いたいとは思わないでしょう。そのように自己中心的では良き出会いがすくなく、チャンスは訪れず、その彼(彼女)ともうまくいかなくなるのが約束されているように思います。
cの「彼(彼女)と別れる」は、まさに“後悔先に立たず”ですね。別れたところで友人の信頼をとりもどすのは困難でしょう。反省が見られるという点でbより点数を高くしましたが、別れを告げられる彼(彼女)にしてもたまったものでなく、bの不実さとあまり変わらない気がします。

※「ゲームで自己啓発」は、90年代に出版された筆者の『東大式おもしろ心理ゲーム』を改訂して掲載しています。

あなたは成功する?

成功と失敗、よく使われる言葉です。けれども、あなたにとっては、何が成功で失敗なのでしょうか。次のフローチャートは、それを考えるためのツールです。後の[診断]は占いと同じ、気にいらない診断はまったく気になさらないでください (^^; あくまで考えるキッカケのゲームです。

あなたは成功する?
あなたは成功する?

[診断]

A:一喜二憂タイプ……大切に感じることは、もっともっと長い目で育てて。

B:一喜一憂タイプ……自分にとって何が大切かを考えていけば自然にどっしりします。

C:二喜一憂タイプ……何事も、もう一歩ねばり強くやり続けると急に楽になるはず。

D:超人タイプ……アドバイスの必要はまったくありません。そのままのあなたで。

[ものの見方]

そもそも成功・失敗とは何なのでしょうか。
目標にしていることが、ある物を作り上げる、ある仕事を完成する、といった形や成果としてはっきりわかるのであれば、形や成果が成ったときが成功とはいえそうです。
ですが、期限が明確な仕事はともかく、自分で決めた目標について、形を作り上げられないときや成果を上げられないとしても、それを失敗と決めるのは誰なのでしょうか。
チャレンジして仮に他人からは失敗したように見えても、チャレンジし続けるかぎり、本人にとっては失敗にはならないでしょう。今までのやり方ではうまくできなかったというだけの話で、改善点をさがしてさらにチャレンジしていく途上の出来事にすぎません。
目標が目に見えないこと、たとえば“コミュニケーション能力の向上”や“多くの人を笑顔にする”といった自分の生き方に関することであれば、なおさら成功と失敗を区別するのは難しくなります。その場合、成功、失敗を決められるのは自分以外にいません。
とどのつまり、失敗とは本人がそう思うだけであり、目標をあきらめるということです。
目標に到達できそうもなくてあきらめなければならないと嘆く人がいますが、あきらめられる目標に嘆く必要はないでしょう。その程度の目標だったと気持を切りかえて、新しい目標に向かったほうが精神衛生上も正解です。ただし、一生、目標をあきらめることをくり返したくはないものですね。
すくなくとも、目標に向かってチャレンジできるだけで喜びを感じ、“いつか必ず達成する”と思う人には、失敗という言葉を思う時はありません。
なお、診断のようなタイプ分けをしたのは、我慢強く目標に向かっていける人ほど、人間関係も息の長いものになり、物事に一喜一憂しなくなるという見方をしたからです。また、それぞれの設問は、次のような考え方で作成しました。

あなたは何かに失敗して苦しんだことがある?

目標に向かってまい進しているときは、目標に集中しているので、「失敗」とか「苦しい」という言葉は浮かんでこないものです。
「失敗」とか「苦しい」と思うのは、目標を見失っているか、自信をなくしているとき。もし、そんな言葉が自分のなかで大きくなったときは、考え込まずに、ともかく行動し続けるのが絶対的に必要です。
心理学の巨人カール・ユングという人は、若いとき自信をなくして精神が崩壊しそうになったと告白しています。心理学者といっても自分の心をいつもコントロールできるとはかぎらないのです。ユングが正常を保てたのは、ともかくやらなければならない日々の仕事があったからだと述懐しています。ユングがそのとき仕事もしないでただ悩み続けていたら、ユング心理学は生まれていなかったでしょう。

失敗は成功のもと or 転んでもただでは起きない

「失敗は成功のもと」というのは、慰めの言葉です。成功する人=目標を達成する人は、上に述べたように「失敗」を意識することはほとんどないからです。失敗は、目標をあきらめたときです。
目標へのハードルがいくら高くても、試行錯誤をくり返していれば、いずれ何らかの突破口を見つけられるものです。それは、「転んでもただでは起きない」に通じます。

一生つき合い続けると信じられる友人がいる?

この設問には二つの意味があります。「一生信じられる」「一生つき合い続ける友人」・・・一生をかける目標になるほど、どちらも必要な要素ではないでしょうか。

※「ゲームで自己啓発」は、90年代に出版された筆者の『東大式おもしろ心理ゲーム』を改訂して掲載しています。

ぶれない自分になる3/3

ぶれない生き方の基本と原則

成長のしくみを知る

私たちの頭のなかには、イメージや感情をともなった言葉のネットワーク空間があります。世界観とはその言葉のネットワーク空間であり、成長しつづけるものです。
たとえば、幼い子がはじめてマヨネーズを見て「これなに?」と母親に質問したとします。
母親は「マヨネーズよ」と名前を教えるでしょう。けれども、幼い子は、マヨネーズという名前だけでは満足しません。それが食べられる物であり、どんな感触や味をしていて、どのような食べ方をするのかを知ろうとします。止めるのもきかずに、触ったり、口に入れたり、なめてみたりするのはそのためです。
そのようにして、幼い子はマヨネーズという言葉といっしょにマヨネーズの“経験”を頭のなかのまだ小さな言葉のネットワーク空間 にインプットします。インプットされるとき、マヨネーズは“食べ物”や“ドロドロしたもの”や“好ましい味”といった言葉や他の食べ物のイメージとヒモづけられ、“意味”が定まっていきます。ヒモづけられた全体が、言葉のネットワーク空間、世界観です。
このとき、幼い子はマヨネーズを世界の一部にくわえ、ちょっぴり世界観を広げともいえます。さらに塩や砂糖などの“調味料”を学習し、マヨネーズもその一種であると知ることで、マヨネーズの意味がさらに明確になり、世界が深まっていきます。
そうして言葉を軸にしたネットワークが広がってくると、次には言葉を組み合わせて、考え方や価値観といった抽象的なネットワークもつくられるようになります。それが意味づけを多様なものにしていきます。
世界観とは、言葉や経験や考え方のネットワークとして、幼いときから広がり深まりつづけてきた頭のなかにある世界。“自分”とは、その世界のなかで生きる住人にほかなりません。

自我≒自分。From「社会の舞台裏1/3」の図表
自我≒自分。From「社会の舞台裏1/3

新しい世界をさがすとき

だれしも、子ども時代の世界観は自己中心的で偏狭なものです。
本能的な欲求が強く、知識も経験もほとんどなく、セルフコントロールのすべも知らないのですから当然です。
大人になっても、そうした自己中心的な偏狭さが完全になくなるということはありませんが、いつまでもその度合いが大きい人は、社会的、経済的、あるいは精神的に、不安定な状況におちいりやすいものです。
それは、偏狭さゆえに、多様な現実に対応できなくなるからで、より広い世界観に変化しなければ対応できなくなっていきます。
自分の言動に矛盾を感じたり、自己嫌悪や悩みが多かったり、何か新しいことを始めようと思ったりするのは、いまの自分の世界観では直面している問題に対応できないシグナルとみたほうがよいでしょう。
そんなときは、いままでの自分とはちがう自分、ちがう世界観がもとめられていると覚悟し、新しい世界をさがしに一歩前へ進むしかないと思います。

とにかく行動し経験する

世界観を広げる、つまり自分を変えたいとき、私たちには何ができるでしょうか。
たとえば、思い切って文化的なサークルに入ったのはいいけれど、グループの仲間たちの話に入っていけないというシーンがあるかもしれません。「この人たちは何が面白くてこんな話題で盛り上がっているの?」と。
そんなときは、「自分とこの人たちはちがう」と決めつけず、みずから進んでその話題について調べたりして、グループの価値観に早くなじむように心がけたほうがよいでしょう。
なぜなら、いままでの自分にない何かをもとめてサークルに入ったはずですから、ちがいを感じたときこそがそのチャンスです。いままで知らなかった価値観を受け入れてこそ、自分の価値観、世界観が広げられるのです。
ただし、仲間たちがもし倫理観の薄い、たとえば「人の物は自分の物」的なだらしない価値観の持ち主であるなら、仲間外れになるほうが正解です。世界観を広げるというのは、必ずしもすべてを受け入れることではありません。ただ、その場合でも、仲間たちとのコミュニケーションを通じて受け入れないほうがいい価値観をリアルに経験するという点で、自分の世界観が広がることになります。
考える時間はなるべく短く、ともかく行動し何かを経験することは、自分の世界観、ものの見方、見識を広げるもっともたしかな方法です。

受け入れるべきものを見定める

“世界”の基礎を頭のなかにつくらなければならない子ども時代はともかく、思春期を経るころから、人は与えられた情報をそのまま受け入れるのではなく、みずからの判断で取捨選択していけるようになります。
取捨選択するなかでも、とくに社会生活にかかわる考え方、ものの見方、価値観については、決して外してはならない基本と原則があります。
その例として、『人を見る目』では「反社会的な人かどうか」「真摯な人かどうか」という基本と原則をあげました。また『社会の舞台裏』の「社会のルールから生き方を読む」では“信義則”の重要性を述べました。
それらの基本と原則は、世界観は無秩序に構築されてよいものではなく、一定の方向性、価値観をもって構築されるべきことをしめしています。
なぜ世界観に方向性があるのか――それは、私たちが社会のなかで生きていかなければならないからです。真摯であることや信義則にかなうことは、社会を生きるために欠かせない素養です。そうした価値を優先していくことが、周囲の支えを得、ぶれない自分になる「尊敬に値する世界観」を形作っていくからです。

尊敬に値する生き方を目指す

尊敬に値する世界観とは、人を尊重し、信義に厚く、約束を守ることや人を喜ばすことなどを目指すべき価値とする世界観です。
こうした価値の大切さは、子ども時代に教えられるはずですが、人は大人になってそれを優先的な価値としなくなる場合があります。
なぜなら、現実の社会では、そうした価値に忠実なだけでは、競争に勝ち残れなかったりするからです。
ある意味、人は尊敬に値する世界観をどれだけ保持できるかを試されているようなところがあります。そのあたりの折り合いのつけ方は人それぞれでしょうが、最期のときまで自分に恥じることのすくない人生をまっとうすることが、真に“ぶれない”ということなのかもしれません。

社会の不条理と向き合う

社会人になると、大方の人はいろいろな組織に所属し、生活の糧を得ることになります。そして、組織への依存が深まるほど、人はその組織の持つ価値観や社風といわれるものに染まっていきます。
社会常識をはずさず、公正な社風の組織であれば幸いですが、反社会的なことをしてでも利益をあげようとする組織に所属してしまうこともあります。
最初から広く深い世界観をそなえて社会を見通せる人はいないわけで、たとえば大企業を信じて新卒で入社、何年も勤めあげてからその企業の不正に気づくというケースもあります。家族を養う糧を考えれば、簡単に辞めることなどできようはずもなく、まさに自分の世界観、信念がためされる局面です。
そんなときどうするのがよい、という答えはありません。

①この程度は不正ではないと頭のなかで合理化して何事もなかったかのように勤める
②改革のためになんらかの行動をとる
③まったくちがう生き方の準備を始める

一人ひとりがそのときの自分で答えを見つけていくのみです。ただ、どのように対応するにしても、そもそも「不正」とは何かを考えて受け入れられるものかそうでないかを判断するのは自分です。

臨機応変に世界を経験する

反社会的な人かどうか」でも述べたように、営業活動などには競争がつきもの。競争相手をだしぬいたり、誇大広告まがいもめずらしくありません。

消費者庁の「誇大表示の禁止」パンフレット一部
消費者庁の「誇大表示の禁止」パンフレット一部

上のような誇大広告は禁止されているといっても、実際にはすぐに違反がわかるような広告をつくる会社はすくないわけで、判定がむずかしいのが現実です。
違反はしたくないが、かといって、できるだけ消費者の目をひきたいのはどの会社も同じ。
もし、業界の事情を知らない新入社員が、自分の世界観だけで自社の広告を「不正」だと決めつけたりしては、会社で苦労するばかりか、かえって偏狭な「善悪」にしばられて柔軟性を欠くかもしれません。
倫理上は好ましくなくとも商慣習上は許されるという場合もあります。
現実に不正の判定をしなければならないときというのは、ほとんどがグレーのケース。子ども時代の単純な「不正」の基準は通用せず、現実社会を生きながら複雑な基準に更新することになるでしょう。
ずいぶん昔、まだ若かった友人が地方から上京して自動車の販売会社に就職したのですが、営業活動になじめずにノイローゼとなり、帰郷して自殺したというケースがありました。
いまとなっては、そのとき答えが見つけられなかったとしても、もっと生きていろいろ経験をつんで世界観が広がれば、そこまで思いつめずにすんだだろうに、と思わずにいられなくなります。
社会や組織や人間関係には不条理があるのも事実です。
その現実のなかで「尊敬すべき世界観」つまりは自分の信念をどのようにつらぬくかを考え、実践するのが人生なのかもしれません。
絶対にゆずってはならないときもあれば、答えをすぐには出せないときもあります。私たちは、そんな現実に向き合って臨機応変に前進していくのです。

ゆずれない価値は守り通す

現実社会にはさまざまなハードルがあります。
乗りこえるハードルがあるからこそ人生が充実するというくらいのプラスの世界観で臨機応変に生きていきたいものです。
ただし、臨機応変といっても、わかっていてあきらかな不正の片棒をかつぐのだけは回避すべきです。なぜなら、世界観はすべての知識と経験がヒモづけられた頭のなかのネットワーク全体、人格そのものといってよいものですから、もしかたくなに拒否してきた考え方(不正)を無理に受け入れた場合、アリの一穴のごとく、人格を土台から崩壊させる危険さえあります。
あきらかな不正を平気でやれるのは、世界観も人格も崩れ、自分を律する軸を失って生き方がぶれきった人です。たとえ犯罪に手をそめなくとも、その精神は犯罪者と同じ。周囲の支えを得られる人ではありません。
尊敬に値する世界観というのは、「人を尊重し、信義に厚く、約束を守ることや人を喜ばすこと」をお題目にするのではなく、臨機応変に現実を生きながら、それらの価値を守れるだけの見識もそなえていかなければならないでしょう。

人の言動を鏡とする

世界観というのは、言動のはしばしにあらわれます。
リオ・オリンピックが終わったタイミングなので、それにからめた例で本稿を閉じたいと思います。
男子400メートルリレーの銀メダルが日本中をわかせましたが、これについて人類史上最速といわれるウサイン・ボルトは次のようにコメントしました。
「彼らのよさはチームワークだ。3月からバトンパスの練習をしていたらしいし、2、3回しか練習していない僕らとは比較にならない。選手どうしが信じ合っていたからこそ銀メダルが取れたと思う。このまま練習を続けていけばより世界レベルになれると思う」と。

※下はNHKの広報用動画の画面。動画を見るには再生ボタンを押して「YouTubeで見る」をクリック。2分34秒。動画はストップしないとその後もえんえんと続くのでご注意ください。

ボルトのコメントに対し、ネット上にさまざまな投稿が見られました。

①「なにこのあからさまに馬鹿にした発言」
②「①のおまえ、ひねくれてんなぁ」
③「ありがとうボルト」

意見、感想がいろいろあるのは当然。人によっては①~③のすべての気持ちがあるかもしれません。ただ、①の気持ちが心の中にしめる割合はすくないのが普通でしょう。匿名で投稿できるので無責任な発言がみられるネットですが、それでも①のような投稿をするのはごく少数です。
①のような投稿をする人の世界観というのは、②の「ひねくれてんなぁ」が言い当てています。偏狭な世界観。
ボルト自身無自覚に上から目線になって語ったかもしれません。それが気にさわって①のような投稿も出てくるのかもしれませんが、たとえそうであるとしても③のように投稿したくなるのがより広い世界観ではないでしょうか。
①は、若気のいたりか社会経験のすくない人、すくなくとも本稿で述べてきた「尊敬に値する世界観」の持ち主ではありません。ぶれることは試行錯誤にも通じるので、いつも悪いことだとは思いませんが、①の投稿をしてしまう人の世界観というのは、土台に欠陥があるようで、人生がぶれすぎないように祈りたくなります。

ぶれない自分になる2/3

ぶれない人の条件

ぶれないにも2タイプある

「あの人はぶれない」というときの「ぶれない」には、尊敬の念がこめられています。この尊敬される「ぶれない」の辞書的な意味は、「態度、考え方、方針などが一貫している」です。さらに、「何に対して」ぶれないのかに着目すると、次の2タイプが考えられます。

①自分の設定した目標にまい進しつづける姿勢

やりたい、なりたいと思ったことに向かいつづける姿勢です。政治家なら公約を誠実に実行する、経営者なら経営理念を守りとおす、自分は○○に成ると思ったら成るためにまい進しつづける、そんな姿勢です。

②物事全般への一貫した姿勢

人生に向き合う姿勢。主義主張や目標だけでなく、人生のさまざまな問題に対して泰然自若としてつねに前向き、解決困難に見える問題にもあきらめずに向かっていく姿勢です。

メダリストに見るぶれない姿勢

アスリートには、オリンピック・メダルを目標にしてぶれずに努力しつづける人がいます。目標どおりメダリストになったアスリートには、ただただ感服するしかありません。
メダリストたちが、すくなくとも①タイプのぶれない人であるのはまちがいないでしょう。

オリンピック陸上レース
オリンピック陸上レース

しかし、ずばぬけた努力ができるメダリストなのですから、その後の人生も順風満帆となりそうなものですが、現実はそうともかぎりません。なかには生活が破たんした人もいれば、犯罪をおかした人もいます。
そうしたメダリストは、目標に向かってぶれない①の人ではあるけれど、人生にぶれない②の人ではなかったといえます。もちろん、なかには今から挽回する人もいるとは思いますが。
メダル以後がパッとしないメダリスト、メダル以後も目標を見つけてぶれずに生きていくメダリスト。後者は①だけでなく、②も身につけているわけです。
①だけのオリンピック・メダリストがいわば人生のメダルもとれるとはかぎらないという事実は、②のように人生でぶれない生き方をしていくには、努力する能力以外にさらに必要なものがあることをしめしています。

周囲へ感謝するメダリスト

努力する能力以外に必要なものとは、前の『ぶれないメカニズム』で述べたとおり「広い世界観」がそれに当たります。
では、①だけのメダリストと①も②もそなえたメダリストの世界観には、具体的にどのようなちがいがあるというのでしょうか。
世界観は目に見えないので、そのあらわれである言動のちがいを見るしかありません。過去の記録を検証したわけではありませんが、長年の観察からたしかなちがいを感じるのは、①も②もそなえたメダリストというのは、メダルという目標だけでなく、応援してくれる人々への感謝や支援に応えたいという気持ちが強く、それが目標へ向かわせる原動力にもなっているらしいことです。
社交儀礼ということもあるので、かならずしも感謝の言葉の多いメダリストが広い世界観の持ち主とはかぎらないでしょう。
ただ、感謝の言葉が何気に出てくる人は、周囲の応援に応えることを喜びとする(価値とする)世界観の持ち主であるのはまちがいないと思います。逆に、感謝の言葉がほとんど出てこない、あるいは心のこもっていない人というのは、いまだ自己中心的な偏狭な世界観の持ち主なのではないでしょうか。
ちなみに、私たちはすくなくとも子ども時代はかなりに自己中心的です。

リオ・オリンピック
リオ・オリンピック

リオ・オリンピックのメダリストたちは、まるで打ち合わせしたかのように全員が応援してくれた方々へ感謝の言葉を口にしました。そのとおりの思いがあれば、今後も目標に向かってぶれることのすくない人生になるのはたしかと思います。
個人的には、バドミントンの奥原選手が試合後に欠かさず深々と礼をする姿( link:産経ニュース写真)を見ているとき、この方はバドミントンにかぎらず、将来もぶれずに生きていくのだろうなあと思わずにいられませんでした。
以下、「ぶれない人」とは②タイプの人で、その人が目標を設定した場合は①タイプにもなる人のことを指します。

泰然自若・柔軟性・多様性

ぶれない人の言動には、周囲への感謝のほかにもいくつか特徴があります。

・泰然自若としている――ものに動じない。

・柔軟性がある――長年のやり方にこだわらずに柔軟に対応します。主義主張を他人におしつける頑固者とはちがいます。主義主張がぶれないだけで何も行動せず、一歩も前進しない人をぶれない人とはいいません。

・多様性を受け入れられる――柔軟性に通じますが、ほかの人の意見や考え方にも耳を傾けられる人です。でなければ、いつまでも壁を乗りこえられず、いずれ一貫した姿勢もうやむやになるでしょう。

「ぶれない」でいられるのは、肝心なとき冷静に問題に立ち向かい、解決していく能力があるからです。時間がかかっても、試行錯誤をくりかえすにしても、いずれ解決するという自信や信念があるのです。

ぶれなければ問題解決能力がそなわる

知り合いに、ぶれずに事業を立ち上げている経営者がいます。
その方は脱サラして借金もして、いくつも商品を創って販売したのですが、赤字がつみあがるだけ。資金も底をつき、社員へいつ解雇を言いわたそうかと悲壮な日々が続くなかでも、在庫になっている商品を手作業で包装しなおしたりして、あきらめずに工夫をかさねました。
そして、資金繰りに青息吐息という状態を何年もつづけたのですが、気がつけば商品が大ヒットして苦境を脱し、いまは新しい商品を次々に開発しています。
成功の軌道に乗ったから思うのではありません。脱サラしたときからずっと見ていて、「この人はきっとうまくいく」と確信のようなものがありました。本当にぶれない人というのは、全身全霊で目標に向かっていくぞという思いと、あらゆる試行錯誤もいとわないというものの見方、世界観が伝わってくるのです。
先にあげたぶれない人の特徴は、この方の特徴です。

ぶれなくなる方法

どうすればぶれない人になれるのか――ここまで述べてきた言葉で言いかえれば、「周囲への感謝の念が強く、恩義に応える心を持ち」「物事全般への一貫した姿勢」と「自分の設定した目標に向かいつづける姿勢」をそなえ、「泰然自若として、柔軟性があり、多様性を受け入れられる」人にどうしたらなれるのかです。
事は、まったく簡単ではありません。
実用書的に、ぶれない人になれるノウハウやお手軽な方法を探すのは徒労に終わるでしょう。
なぜなら、ぶれないのは考え方ひとつの問題ではなく、考え方すべて、ものの見方すべてが、ぶれないその人をつくっているからです。
先の経営者のようになろうと思っても、彼と自分はちがう人間です。彼のものの見方、考え方の一部だけを取り入れただけでは、決して彼と同じにはなれないのです。学ぶのはいいのですが、模倣するだけでは越えられない壁があります。
本当にぶれない人になる方法はただ一つ。
ものの見方、世界観を“みずから”広げることです。
これは一朝一夕になせるものではなく、日々の経験や学びの姿勢から蓄積されていくものです。いろいろな人に会い、経験し、学び、ものの見方をはぐくみ、それを自分の骨肉としていくしかありません。
そうやってみずからが広く深い世界観をはぐくむうちに、おのずとその世界観のなかにぶれない自分が定まっていきます。

尊敬に値しない反面教師

最近、公私混同問題で辞職したM知事という方がおられます。
M氏のことは30年ほど前からテレビの討論番組で見ていましたが、当時から権力志向が強く感じられる方でした。
結果的に大臣や知事になれたという点では、ぶれずに自分の目標を達成したかに見えなくもありませんが、「ぶれる」とか「ぶれない」ではなく、ただの執着心だったとみるのが的確のようです。

東京都庁(©Markus Leupold-Löwenthal 2005)
権力の象徴? 東京都庁 (©Markus Leupold-Löwenthal 2005)

M氏は「国民の上に立つ者は、 おごりや贅沢をいましめ、 出費をおさえて質素をむねとし 、仕事に励んで国民の手本となり・・」と西郷隆盛の遺訓を引用して職員に訓示をたれたそうですが、 その考え方が氏の世界観を形作るものでなかったのは、自分の贅沢や趣味、私生活のために公費をつかっていたことからあきらかです。
立派な言葉をならべるだけで、中身がないどころか、正反対の考え方、ものの見方、世界観を持っていたわけです。ぶれなかったとすれば、黒を白と言いくるめようとする傲慢さや目的のためには手段を選ばないという考え方。
とても“尊敬に値する”ぶれない人ではありません。むしろ、人としての生き方はぶれまくり。いえ、人としての生き方になっていないといったほうがよさそうです。
いつわりだらけの世界観というのは、広く深い世界観とは対極にある偏狭なしろものであるにちがいありません。

リスペクトがなければ砂上の楼閣になる

一人ひとりの世界観はちがうとしても、そのあり方には基本と原則があります。
M氏のように、尊敬に値しないような生き方をしてしまうのは、周囲への感謝の念がなく、人を人とも思わない、自己中心的で偏狭な世界観のなせるわざです。
結果的に、M氏は社会的な制裁を受け、その権力志向は打ちくだかれてしまいました。自己中心的な世界観の人は、表面的に目標を達成したかにみえたとしても、それは砂上の楼閣です。
本当にぶれない人というのは、多くの人に支えられた確固たる楼閣を築ける人でしょう。M氏には一から出直してその見本をみせてほしいものです。
社会のなかで生きる私たちがふれずに目標に向かっていくには、尊敬される世界観を持つことが必要です。なぜなら、自動運動の黒点の実験が象徴しているように、“周囲”の支えができてはじめて人はぶれないでいられるからです。
そして、力強い周囲の支えというのは、その人が尊敬に値するからこそ生まれるのではないでしょうか。

NEXT:ぶれない生き方の基本と原則

ぶれない自分になる1/3

ぶれずに生きるには広い世界観が必要。そんな世界観はどのように育てられるのか、というのが本稿のテーマ。

ぶれないメカニズム

居場所をもとめて動きまわる点

私たちの知覚には、「自動運動」という不思議な現象があります。
この現象は、白紙とペンさえあれば、次のようにして簡単に体験できます。
ためしてみれば、これほど自分の知覚は曖昧なのかと驚かされることうけあいです。
まず、広くてきめのこまかい白紙の真ん中に、ごく小さな黒点(0.2mmくらい)をえがきます。きめこまかい白紙がよいのは、余計な情報をなくすため、できるだけ紙の表面の凹凸やしわがないほうがよいからです。
次に、視野をおおうほどその白紙を目に近づけて黒点を凝視します。
背景を真っ白にしてほかに何の情報もない状態で黒点だけを注視するわけです。
すると、何がおこるのか――「黒点が生き物のように動きまわる」のです。

簡単にできる自動運動の実験
簡単にできる自動運動の実験

黒点が動きまわるのは、もちろん物理的に動いているからではありません。
眼球運動によるものでもありません。
動きのパターンもぶれ幅も個人差がありますが、ほとんどの人はキツネにつままれたような感覚になることでしょう。

世界は頭のなかで加工される

自動運動は、「自分の外の世界=外界」はそのまま頭のなかにコピーされるのではなく、頭のなかで“加工される”ことをしめしています。物理的な運動でもなく、眼球運動でもないのに、頭のなかでは動いているわけですから。
つまり、自動運動は外界でおこっている現象ではなく、頭のなかでおこっている現象。
原因については諸説あるようですが、ここで注目したいのは、結果として「周囲に何もない1つだけの情報は、知覚を不安定にする」という事実です。
そして、さらに興味深いのは、黒点の近いところに線をえがけば、ぶれ方が小さくなり、四角で囲むとほとんど動きがとまってしまうことです。

安定した自分は“周囲”がつくる

自動運動の実験は、まるで“ぶれる人”と“ぶれない人”のちがいを見せてくれているかのようです。
黒点を見るのは頭のなかの“自分”、その自分が“頭のなかの世界”に黒点を位置づけようとするのですが、黒点以外に情報がないので、比較するものをもとめて自分の視点が定まらない状態が自動運動に表れていると考えられます。
自動運動する黒点は、視点の定まらない自分の分身、アバターのようなものです。
であれば、自分のアバターが四角のなかで安定するのは、何を意味しているのでしょうか。
答えは、自分(黒点)は周囲(四角)を基準にして位置づけられてはじめて安定する、つまり、“周囲”がなくては、何人も安定できないということでしょう。

“周囲”は頭のなか

自分を安定させる“周囲”は、条件が制限された実験であれば“四角”という図形でよいかもしれませんが、普段の私たちの心や精神を安定させる、四角に相当する“周囲”とは何なのでしょうか。
身の回りの見慣れた景色や建物、部屋、使い慣れた機器、そして携帯やスマホで知人や家族といつでもコミュニケーションがとれる環境、といったものはまちがいなく“周囲”に相当するでしょう。
当たり前にあるそれらの“周囲”が、私たちにとってどれほど精神安定剤になっているか、いきなり一人で見知らぬ外国の街に立たされたときの不安を想像すれば、そのありがたさに感謝したくなります。
しかし、そのような“周囲”があっても、人間関係や仕事や将来への不安で自分の言動が定まらなかったりすることがあります。
ぶれる自分がいたりします。
周囲の環境がいかに恵まれているように見えても、それだけで人は精神的に安定した自分になれるとはかぎりません。
金持ちが幸せとはかぎらないのはその一例。
逆に、周囲の環境が恵まれていないように見えても、安定した自分、ぶれない自分、目標にまい進して充実感があるという意味で幸せな自分、である人もいます。
とどのつまり、自動運動が外界の現象でなかったように、自分がぶれたりぶれなかったりする原因は、外界にあるのではなく自分の頭のなかにあるのです。
“周囲”とは、外界ではなく、頭のなかにあって自分をそのなかに位置づける背景となる“世界”にほかなりません。つまり、自分の世界観や社会観や人生観。
本稿では以下、社会観や人生観も世界観の一部として述べます。

世界は成長する

世界観とは何でしょうか。
一言でとらえるのはむずかしい概念ですが、言動が不安定な子どもと大人の“世界”をくらべるとイメージしやすいかもしれません。

世界を君の手に
世界を君の手に

たとえば、幼い子にとっての世界は、ごくせまい範囲にかぎられます。自分が行動できる範囲、接する人だけが世界のすべてです。
それが20歳くらいなると、世界や社会や人生の知識を身につけ、そうした世界=世界観のなかに自分を位置づけられるので、子どもよりは安定した言動をとるようになります。
しかし、それは情報としての知識のまま、まだ経験や感情による意味づけは深くありません。
社会人としての経験をかさねることで社会の意味を深め、それまでの時間の延長としか認識していなかった人生の意味も、しだいに深く理解するようになります。
子どもが大人に“成長する”という言い方をしますが、その場合の成長とは、その人なりの世界観が育っていき、その世界観のなかに自分を位置づけていく過程だともいえます。

自分はどこにいるのか

だれでも世界や社会や人生の全体的なイメージが何かしらあると思いますが、そのイメージのなかで自分はどこにいるのでしょうか。
空間的な位置であれば地図上にイメージできますが、それだけが“世界”のなかの自分だと思う人はいないでしょう。
世界中でいま現に生きている人々の生活や文化、思いを感じ取り、そのなかの一人として自分をイメージするのが普通かもしれません。
たとえていえば、地図上の一地点に自分がいるだけの認識は子供の世界観。自分は多様な人々や生活や文化に満ちた世界のなかの一人であるという認識が大人の世界観です。ただし、人それぞれの世界の広がりや意味はちがいます。

頭のなかの世界・イメージ
頭のなかの世界・イメージ

視点を変えれば、空間や時間の座標だけではなく、信用や社会的地位、信条、教養、目標、美、人への思いやり、尊敬・・・多様な価値を座標とした場合、その座標のどの位置に自分がいるのか、その座標と自己認識が世界観と考えてもよいかもしれません。

ぶれない自分がいる世界

社会はただの“人の集まり”ではなく、人生はただの“生まれてから死ぬまでの時間”でもなく、意味に満ちた広がりと時間です。
自分のアバターのごとき黒点が単純な四角の図形で安定するというのは、認識のしかたについての基本原理。それは認識のメカニズムです。
“ぶれない自分”とは、そうした認識のメカニズムを土台として経験や知識を取りこんで成長してきた“自分”。
その自分を安定させるのは、四角のような単純な図形ではなく、生き物のように広く深く成長する、意味に満ちた世界。
より広い世界観のなかに位置づけられている自分が“ぶれない自分”です。

NEXT:ぶれない人の条件

いろいろやってもダメなときもある

「世界のしくみ」サイトは「WordPress」というブログ作成ツールで制作しています。試行錯誤しながら、今日まで独学でやってきました。そして明日からも。

原因がわからない!

いま自宅のデスクトップパソコンで「世界のしくみ」サイト見ているのですが、メニューを掲載している左側のサイドバーが見えない状態です。
正確には、下に落ちた状態。下へスクロールすれば、全幅に広がったサイドバーが見られます。これは、スマホで見たときと同じ見え方。
いままで左にあったのに、どうしてこうなったのか?
siteimage1
こんなことが度々あっては困るのですが、以前にも「世界のしくみ」の親サイト「エルシーシー」でも経験したことがあります。
そのときは、ネットで見つけた「WordPressの使い方」サイトを参考にして、ページの記述をいじっているうちに直ったことがあります。もっとも、そこに書かれていたタグの不備が原因ではでなく、小見出しの単語を変えたときに突然直りました。禁則処理か何かが影響していたのかと思いますが、いまだ謎のままです。
というわけで、今回も、直前に投稿したり、直したりしたタグや文章に原因があるのだろうと考え、あちこち文章を整えたり、タグのチェックを繰りかえしたのですが、直りません。ついでにいろいろな機能追加や直しをしたので、1日がかり。つかれはてました。
はたして解決できるのか、とりあえず今日はここまで、気長にいきます。

枠からぬけ出すための試行錯誤

つくづく自分の“思い込み”のアホらしさにあきれます。何度も何度も。
今回のサイドバーが見えなくなった事件は、さすがに解決のために試行錯誤しているうちに“いやな予感”がしたので途中でやめたのですが、案の定、自分の思い込みが原因でした。
事務所のパソコンで見たら、きれいにサイドバーは表示されていました。
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要するにブラウザの解像度の問題でした。
拡大縮小の設定が自宅と事務所のパソコンではちがっていたことから起こった現象。
TwentyFourteenという本サイトで採用しているサイトデザインは、表示幅がせまいスマホなどではサイドバーが自動的にメインコンテンツの下に表示される機能になっています。自宅のパソコンではその機能がはたらいていたのです。
実際、帰ってからブラウザの拡大縮小を変えたらサイドバーが定位置に戻りました。
文章やタグをいじっていたあの見当ちがいの時間はなんだったのかとも思いますが、きっとあの“いやな予感”にいたるための時間だったのでしょう。
何かがうまくいかないときは、原因を推理したり、その問題の解決策をネットでさがしたりしますが、そうして原因の見当をつけたとき、おちいりやすいのが「思い込み」や「決めつけ」。
思い込みや決めつけによって、原因に“枠”をつくってしまうのです。
そして、自分自身がつくったその枠にとらわれて、そのなかから出られなくなってしまうことが、今回の件にかぎらず頭のなかではしょっちゅう起こります。
こうなると、試行錯誤というのは、自分のつくった枠からぬけ出すための道程です。
自分で気づかずに枠をつくってしまうのはさけられないかもしれませんが、できれば大きな枠をつくりたい、と願います。