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人を見る基本と原則4/4

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基本と原則「真摯な人かどうか」

真摯な人かどうか

積極的に人間関係を築いたほうがよい相手

「反社会的な人かどうか」が避けるべき人を見分ける基本と原則なら、逆に積極的に人間関係を築いたほうがよい基本と原則があります。
これについては、多くの先達がさまざまな指針を残しています。成功や幸福に関する名言集や書籍などをひもとけば、あまりに多く有意義な言葉があるので迷いそうですが、本質を短く、的確に言い表していて、基本と原則とすべきは次の言葉と思います。
「真摯な人かどうか」
少し前に経営学者のピーター・ドラッカー著『マネジメント』関係の本がベストセラーになったのでご存じの方も多いかもしれませんが、ドラッカーはマネージャに必要な資質として「真摯さ」を第一にあげています。
真摯さはマネージャに必要な資質というだけでなく、私たち全てが身につけたほうがよい姿勢であり、物の見方、考え方に通じます。
「将来にわたって支えあえる人間関係を築ける人」あるいは「自分が人間関係を築くべき人」は、間違いなく真摯な人です。

目指すべきネットワーク

真摯さとは、辞書的には「ひたむきに、誠実に事に当るさま」となっていますが、具体的にはどんな言動をとる人でしょうか。
「反社会的な人」であげた傾向と対比させると、次のような言動をとる人だと考えます。

1.現在や未来への前向きな発言が多い
2.失敗や不幸を自分の責任としてとらえる
3.他者への配慮がある
4.約束するのには慎重だが、約束したことは守る
5.人の悪口は言わず、むしろ人を立てようとする
6.弱い立場の人にも、公正に接する
7.気に入らないことでも辛抱強く協調しようとする
8.人への感謝やリスペクトがある
――さらに追加したい項目。
9.プロセスを大切にする
※結果を出すことや目的を達成するために、手順を軽視したり、手段を選ばなかったりするのは、効率的に成功したように見えることがあったとしても、いずれ必ず全てを失います。なぜなら、そのような人の成功は、周囲の人がお金を得るためにだけ協力して成り立っているからです。金の切れ目が縁の切れ目というのはほぼ真実で、プロセスを大切にせずに成功した人には100パーセント当てはまると思います。犯罪して金持ちになったところで、誰も尊敬もしなければ困ったとき助けようとは思わないでしょう。本当に成功や幸せといえる状態は、周囲の尊敬や信用に支えられています。ビジネス上の契約を守るのは当然ですが、「やるから」「待ってて」と軽く交わした約束でも守るのは当然、もしできないなら「……という理由でできなくなったので、そのかわりに……する」と手順をふんで了解をもとめるのが大切です。軽い約束だから、親しいヤツだから、これくらいわかってくれる、と自分勝手な思い込みでそうした手順を省略したりするのは、相手への配慮を欠くことであり、プロセスを大切にしていないということです。尊敬や信用は、プロセスを大切にした蓄積です。

以上の傾向がほぼ全て当てはまる場合を「真摯」とするなら、真摯な人は信頼のおける人です。ビジネスシーンであれば「信用」のある人。
真摯な姿勢は社会人としての素養でもありますが、現実社会でその姿勢をつらぬくのは容易ではありません。
真摯さに焦点が当てられるのも、そうした姿勢をつらぬくことがむずかしいからでしょう。
しかし、であるとしても、私たちは真摯な姿勢を評価する「人を見る目」を持ち、真摯な人たちのネットワークを築き、その一員になることを目指したほうがいいです。
成功者は真摯なネットワークのなかから生まれ、反社会的なネットワークからは決して生まれません。
忘れてならないのは、「人を見る目」だけでは真摯なネットワークの一員とはなれないこと。
自分自身が真摯な姿勢をつらぬいて、はじめてネットワークの一員になれます。

人を見る基本と原則3/4

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反社会的な人かどうか

人を評価する目的

人を評価するのは「自分」。
他人の評価を参考にはしても、他人の評価によって自分の行動を決めるのは危険です。
自分がする評価で行動を決めるのでなければ、人生を他人に左右されかねません。
世の中には、人を扇動して利益誘導や政治目的を達成しようとする人々がいます。
自分で人を評価する目を持たなければ、そうした扇動者たちに自分が操られていることさえ気づけなくなることでしょう。
自分の目でしっかり人を評価するには、自分が何の目的で人を評価しようとしているのかを自覚しておくことが必要です。目的をはっきり自覚していればブレることがなくなります。
私たちの目的は明らかです。
仕事で協力しあいたい、仲良くなりたい、何でも話せるようになりたい・・・つまりは、将来にわたって支えあえる人間関係を築きたい、そんな目的で人を見ています。

暗黒面を見ぬく目

将来にわたって支えあえる人間関係を築くための「人を見る目」の基本と原則は、まず「反社会的な人かどうか」です。
これは、人間関係を築くべきでない人、信用できない人をふるいにかけるための「人を見る目」です。
日本人は、とくに人間の暗黒面に対して無防備になる傾向が見られるので、基本と原則として強調したいものです。
誠意を”弱さ”と見る人、それどころかその誠意つけこんで利用しようとする人に対して無防備になっては、悪意の人に力を与えるという意味で、社会全体にとってもマイナスです。
「反社会的な人」というのは、現に罪を犯している人はもちろん、将来、犯罪あるいはそれに近いことを平気でやってしまえる人。法律違反だけでなく社会的なルール、倫理に反することに抵抗のない人。
このような人たちは、「将来にわたって支えあえる人間関係を築ける人」ではありません。
なぜなら、彼らは自分の意にそぐわない人を敵視するだけで、仮に人間関係を築けても短期的な関係にしかならないからです。
「人を見る目」が曖昧、あるいはあまりに寛容すぎると、周囲に反社会的な人が集まっていても気づかないことがあります。
反社会的な人は自分が何者であるかの看板を掲げているわけではなく、毎日のように反社会的であるわけでもないので、評価は簡単ではありません。
犯罪者が捕まると、周囲の人の「とてもそんなことをする人には見えなかった」というコメントがデジャブのようにくり返されますが、それは反社会的な人を見分けることのむずかしさの表れでもあります。
犯罪グループに入ってしまう若者のなかには、「人を見る目」が育っていないがゆえに引き込まれてしまうケースも多いことでしょう。

平気で一線をこえる人

刑法犯は論外としても、「反社会的」という言葉には、グレーな部分がつきまといます。
とくにビジネスの分野では、法律すれすれのことをやらないと儲けられないと言う人も多く、そうした人まで反社会的と評価してよいのか、迷うところです。
広告では、誇張したり不利益情報を隠して消費者をだますような手法が使われたりします。詐欺との境界が曖昧でグレーな部分です。
この場合の反社会性は、社会がどこまで問題のありそうな広告を容認するかにかかっています。
容認されるかぎりは反社会的ではありませんが、越えてはならない一線、社会常識による評価はあります。その一線を“平気で”越えるのは反社会的です。
社会常識というと曖昧に思えますが、過去に誇大広告などで摘発された人のほとんどは、一線を越えることを自覚してやっています。
社会常識による一線というのは、かなりはっきり認識できます。「この広告はあやしい!」と自分が思う広告は、ほとんどの人がそう感じるものです。
“平気で”一線を越えられる社長の会社に長期間在籍したりすると、感覚がマヒし、社員まで反社会的な物の見方をしていたりします。
とくにセールスを担当するビジネスパーソンには、そうした感覚のマヒで悩んでいる方が多いようです。
もっとも、そのように一線を越えないように悩む人が反社会的でないのはいうまでもありません。“平気で”一線を越えられないわけですから。

よく観察すれば見えてくる

具体的に反社会的な人とそうでない人をどう区別すればよいのか・・・見るからにそのスジの方とわかる人はともかく、グレーな部分が多いだけに簡単に見分ける方法はありません。
しかし、次のような傾向の強い人に対しては、警戒心のレベルを上げたほうがよいでしょう。

1.うらみや嫉妬や憎しみの発言が多い
・他人の悪口をいうとき喜々としている
・許さないという言葉をよく使う
・ののしる言葉や人をバカにする発言が多い

2.失敗や不幸の原因を他人や外的要因のせいにする
・過去の不幸をよく話題にする
・自分に関係ない出来事を非難、批判するのに熱心
・責められるとほかの人も同じことをしていると言い訳する

3.自分の欲求にしか関心がなく、他者への配慮がない
・人を心身とわず傷つけることに無頓着
・自分の正しさを主張するばかりで人の言には答えない
・人をからかったりバカにして喜ぶ
・人を喜ばしたり譲ることをしない

4.簡単に約束をし、簡単に約束をやぶる
・その場しのぎの発言をする
・都合の悪いことは忘れたり知らないふりをする
・都合わるい話は論点をずらす
・言い訳が多い

5.悪いうわさを故意に広めるなどして人をおとしめる
※理由がわからず自分が疎外されるときは悪意の人が周囲にいる可能性がある。

6.弱い立場の人には傲慢になる
・いじめに加担する
・自分と関係のない人にも横柄になる
・謝るとかさにかかる

7.気に入らないことがあると暴言暴力をふるう
・都合のわるいことには黙りこむ
・話し合うことがすくない
・自分の決めたことに反対すると怒る

8.感謝しない
・ありがとうと言わない
・人をほめることがない
・生き物への愛着がない

以上の傾向がひとつも当てはまらない人がいるとは思いませんし、幼少期にはある程度あてはまる人も多いかもしれません。しかし、思春期を過ぎても、いくつも当てはまる場合は「反社会的」な人である可能性が高いと思います。そして、「類は友を呼ぶ」のとおり、そうした反社会的な人が多く集まっているネットワークもあります。
暴力団組織がそう種のネットワークであるのはもちろんですが、普通に見えるネットワークでも、反社会的な傾向がある人はいます。その人数の割合が多いかどうかが問題です。
ネットワークというのは人脈や各種のコミュニティ、所属する組織、企業などを通じた“人のつながり”のことですが、自分のネットワークが反社会的な傾向が強いと感じても、しがらみがあったり、生活の糧を得るために簡単にはぬけだせないケースもあるでしょう。
しかしそれでも、私たちはそんなネットワークのなかで時間を費やすのではなく、自分をより成長させ、支えてくれるネットワークの一員になること目指したほうがよいのは確かです。
人生の時間は、何かを成し遂げるにはそれほど長くはないのですから。

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人を見る基本と原則2/4

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行動を見る

何を見るのか

人の言動にはある程度の傾向がある・・・これは当たり前といえば当たり前。なぜなら、何の傾向もなければ、その人がその人であるかさえわからなくなるからです。
私たちが一人ひとり違うのは、言動に特徴的な傾向があるから。その特徴的な傾向には、変わる部分もあれば、なかなか変わらず、死ぬまで同じような傾向を保ちつづける部分もあります。
よく性格は変わらないといわれますが、確かに短期的に変わることはまれ。けれども、何十年も経てば、性格がかなり変わるケースもめずらしくありません。ほとんど変わらない人もいれば、跡形もなく変わる人もいます。
こうなると、不確かなことばかりで、「人を見る目なんて本当に当てになるの?」といいたくなりますが、それでも確かな基本と原則はあります。
私たちの関心事は、何十年先まではわからないとしても、すくなくとも付き合いがつづくかぎり、信用できる人かそうでないかということにあります。
信用できのるか信用できないのか、それを評価する確実な方法は、言葉ではなく行動に目を向けるしかありません。
第一の基本と原則は、「行動を見る」です。

言葉にまどわされない

私たちの主張や言葉(話す内容)は、学習した知識や知りえた情報によって変わることがあります。若いころの主張がコロコロ変わりやすいのはその典型です。
また、客観的な事実を話しているつもりでも、自分の希望や期待を入れて、事実とは違う話をしてしまうこともあります。
だれしも守れない約束はしたくないのですが、結果的に守れないときもあります。なかには、頭のなかに約束を守れなかった理由をこしらえ、自分は悪くないと思っている人もいます。
政治家の多くは「自分はこうしたい」と熱心に政策を提案しますが、彼らはそんな言葉がどれだけ当てにならないかをいやというほど教えてくれています。最近では、数日前に言ったことと真逆のことを言っているのに、まったく気づかないらしい政治家をよく見ます。
“人を見る”とき、言葉は当てにしない、参考程度にしましょう。
とくに会ったこともない人や付き合いの短い人の言葉を鵜呑みにするのは危険ですらあります。
これは、若くて善意で優しい人ほど、相手のことを素直に信じやすいので、心にとめておいてほしいことです。素直なことは宝にすべき長所ですが、自分を守ることも必要。
世の中には信じてよい人と信じてはならない人がいます。だれでも信じ合えるという純粋な思いを利用する人がいます。それを見抜く目を持つことは最低限度、生きていくための術です。
出会った人に「私は“あなたのために何かしたい”と思っている」といわれても、本当にそうなのかは、心のなかを見られない以上確認のしようもありません。
本当に「あなたのために何かしたい」のかは、相手の行動を見て判定しましょう。何度同じことを言われても、何一つそれに値する行動がないのであれば、相手はまったく真剣な思いではないのです。

行動全体を見る

ポイントは、「行動を重視して相手を見る」という「積み重ね」です。
「人を見る目」は、相手といろいろなやり取りをするなかで、理屈ではなく相手の行動に接するという経験によって身につきます。
理屈は言葉で組み立てられるので、理屈で人を理解しようとしすぎる人は、相手の言葉にだまされやすいことでしょう。
「何かをする」「あなたを大切にする」「自分はこう信じる」・・・とくにこうした他人への思いや自分の姿勢を表明する言葉は、それらを裏づけるような行動を観察する必要があります。
積み重ねが大切だというのは、一つの行動だけで評価せず、相手の行動を総合的に見るということです。完璧な人はいませんから、言葉に反することもあるでしょう。しかし、いくつもの事例を重ねるうちに、その人の傾向はわかります。
恋人がデートの時間を守らないことが多いからといって、それだけで信用できないとは決めつけられません。
重大な問題に直面したとき、普段は軽率に見えたその人こそが全力で自分を支えてくれる人になるかもしれません。
人が信用できるかそうでないかは、一面ではなく全体的な評価です。
年配者のなかに的確な「人を見る目」を持つ人が多いのは、出会った人々の行動を見てきた豊富な経験から、直感的に人を判断する力、つまり「人を見る目」を持っているからです。
大方の年配者は、若いころ、相手の言葉を鵜呑みにしたり信用したりして痛い目をみています。ですから、歳を重ねるほど、相手の行動を見て人を評価する習慣が身についています。
「行動を見る」は、さまざまなメディアや同僚、先輩、著名人などの言葉から何かを吸収しようとするがゆえに、自然と言葉に影響されやすくなる若い世代へ、とくにたむけたい基本と原則です。

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人を見る基本と原則1/4

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タイプ分けは要注意

人を見る目が人生を決定する

私たちは出会った相手が「どんな人なのか」、とても気になります。
それも当然で、これからお付き合いしていけるのか、一緒に仕事をしていけるのか、相手によって将来が左右されるからです。
「どんな人なのか?」という心のなかの問いかけ、これに答えるのが「人を見る目」。その心の目が「この人は○○」と判定すれば、それにしたがって、私たちは相手とどう付き合うかを決めていきます。
「なんて自己中(自己中心的)なの!」と判定すれば、付き合いに消極的になることでしょう。「信用できる人だ!」と判定すれば、関係を深めていくことでしょう。
ですから、結果的に「人を見る目」によって自分の周囲にいる人も決まってしまうのです。
人間は社会的な動物だといわれますが、自分の人生を大きく左右するのは社会全体ではなく自分の周囲の社会、周囲にいる人々の輪、自分の人的ネットワークです。
とどのつまり、「人を見る目」は人生を決定する重要な能力といえます。

手軽すぎる2タイプ分類法

「人を見る目」は、どのような方法で人を評価するのでしょうか。もっともよく聞かれるは次のように2タイプに分ける方法。

・明るいか暗いか
・優しいか怖いか
・自己中心的か利他的か
・積極的か消極的か
・社交的か内向的か
・他力依存型か自力型か
・支配型か被支配型か
・肉食系か草食系か

などなどのいわば白か黒かの2極に判定するタイプ分けです。
タイプ分けを話のネタにするだけなら問題ないかもしれませんが、タイプ分けしただけで理解した気になるのは禁物です。
2タイプで理解できるほど単純な心の持ち主はこの世には一人もいないからです。
人の言動には、確かに一定の傾向があります。ですからタイプ分けも、ある程度は意味がありそうです。しかし、頭の中で勝手にタイプ分けして、「このタイプの人は自分とは合わない」と距離をおくなどをくり返しては、せっかくの出会いのチャンスをつぶしかねません。縁あって出会った人をタイプに分けて理解しようとするのは、可能性をせばめることはあっても広げることはないでしょう。

可能性を活かすのは「人を見る目」しだい

結婚披露宴で「お見合いのときは暗い人だと思ったけど、仲人さんに申し訳ないのでデートしたら、とても明るい人だった!」などと、初めの印象がよくなかった人と結局はゴールインしたという話を聞くと、もし「暗い人」と決めつけて付き合わなかったらどうなっていたのだろうと、人の縁がいかにきわどいものかと思います。
そもそも「明るいか暗いか」は主観の問題。
「暗い」と評価した同じ人を他の人は「明るい」と評価するかもしれません。
その人のどこを見て明るい暗いと感じるのかは人しだい。二極型のタイプ分けはその程度の曖昧な分類法なのですから、「決めつけ」など到底できるものではないでしょう。
統計的に裏付けられるケースもあるので、すべてのタイプ分けが当てにならないわけではありません。ですが、多くの場合はタイプ分けして自分を納得させるためだけに使われているように見えます。
理解できない人がいるのが不安、ともかくどれかのタイプに当てはめて安心しようとする心理がはたらくのかもしれません。
人を見るむずかしさは、人の言動にはある程度の傾向があっても、つねに変化しているので決めつけはできないことです。
とくに成長いちじるしい人には、二、三年でまるで別人になったと周囲を驚かす人もいます。「自己中な彼が気配りするようになった!」などと。
しかし、その程度の変身で驚く人は、別人のようになった人の可能性を「見る目」がなかっただけなのかも。
タイプ分けして相手を理解したつもりになるのは、いかがなものかと思います。

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